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<title>文學機械</title>
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<description>小説、詩、戯曲を掲載しています。</description>
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<title>関所</title>
<description> 僕は今、コギーの『「雨の木」を聴く女たち』を電子画面の傍の、大理石製であろう丸机(父から貰ったものだ)に置きながら、この作品、即ち『無人島2006』を書くことをしている。ドゥルーズの『無人島』(この表題を持つ彼の著作は年代別に二冊もある)を拝読された諸氏ならば、僕がここで何か哲学的な考察を展開することを監視の眼で見据えるのかもしれないが、そうではなく、これを小説として書く契機そのものが僕の今後の書く行為へ
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<![CDATA[ <span style=font-size:large><br /> 僕は今、コギーの『「雨の木」を聴く女たち』を電子画面の傍の、大理石製であろう丸机(父から貰ったものだ)に置きながら、この作品、即ち『無人島2006』を書くことをしている。ドゥルーズの『無人島』(この表題を持つ彼の著作は年代別に二冊もある)を拝読された諸氏ならば、僕がここで何か哲学的な考察を展開することを監視の眼で見据えるのかもしれないが、そうではなく、これを小説として書く契機そのものが僕の今後の書く行為への起爆剤になると信ずるのである。僕は現在、八十年代以後の大江氏の作風である、「想像的私小説」というスタイルに、強度の憂鬱を拉っされる程の、大きな救済の感覚を浮上させている。それは、僕がやはり卑近ではあるが、市立図書館で借りた小島信夫氏のスタイルとも近接するだろう。電子世界には実に多くの小説投稿空間が存在しているが、その中に【ペンの広場　作品投稿room】という場所があり、僕はここで端的に巨大な自己救済(それは画面越しに賞賛を悦んでいる限りで、やはり閉鎖的な肖像なのだが)の機会を得たのだった。それは、ハレルヤ氏という、一人の批評者の放った僕への言葉として、僕を現在も逞しく書く行為へ疾駆させている。以下は、ハレルヤ氏の言説からの引用である。<br />《　鈴村さん初めまして。鈴村さんの作品をすべて読ませて頂きました。最初は文体に慣れないせいか正直とても読みにくかったのですが、読んでいくにつれだんだん引き込まれていくのが不思議でした。私には到底書けない文章です。「戯曲」狼は、大学の演劇部にいた頃の舞台を思い出し、これまた感激というか感涙です。こんな芝居をやりたかったなあと思っております。これからも頑張って書いてください。ファンとして応援しております。　》<br />　上記の、ハレルヤ氏のテクストの中で述べられている『狼』とは、僕の処女作としての戯曲を指す。僕はこの戯曲を、真夜中に一気に書き上げたが、それは童話である「三匹の子豚」を物語の構造として有機的に吸収しつつ、しかし主題としては「隠遁する臆病な若者＝neet」を表現したのでもあった。僕はこの率直な感想に心を打たれたが、しかし同時に巨大な不安に襲われもしたのだった。それは、この作品の表題である無人島という言葉そのものとも関連を持つのだが、あくまで電子空間に浮遊する一つの記号に過ぎない、閉ざされた作品であるという自省である。しかし、このサイトの管理人でもあるらしい天光氏から、僕はやはり以下のような激励と、そして大きな批判を与えられたのだった。それは、『カシニョールとイェイツを核にした「ＤＶＤ」』という、僕の短編に対する感想文に於いて。<br />《　困りました、ほんとに鈴村作品のマニアになってしまったようですよ！！<br />正直に言えば、初回投稿作を読んだときは｢二度と読みたくない｣とさえ思った私が出巣！<br />さて、この作品と言うことではなく、鈴村作品を相対的にみたとき、<br />どうしても感じずにはおられないことがあるのです。<br />これが鈴村作品の個性であり売りなのだと言われればそのとおりなのですが、<br />それは、余りにも理論的かつ技術的であり過ぎて遊びがないのでは？　と言うことです。<br />言い換えれば、読者に与える情報が多すぎてこちらに考えるいとまを与えてくれないと言うことになるでしょうか・・・<br />釈迦に説法だとは思いますが、すべて説明されてしまって行間を読むということができないのです。<br />為に、ボクシングでいえば、読者は打たれっぱなしで疲れてしまうと言うことになるでしょうか。<br />従って、完成度も高く印象度も強い割には余韻が残ってくれないのです。<br />これは非常に残念です。<br />勿論私個人の感想ですので他の方の別の意見もあると思いますが・・・これだけ才能のある方に生意気なことを申し上げて気に障ったらお許しください。<br />作品を初めから読ませてもらっている立場から、また一ファンの大成を願う希望と言うことでほんの少し心に留めておいてくれたら幸いだと思って失礼をも省みず書いてみました。　》<br />　天光氏のこのテクストは、鈴村智一郎という一人の作家志望者への強靭な激励が込められていた。そして、僕はボクシングでは、おそらく相手をただひたすら押さえ込むようにして殴り続ける、好戦気質ともいうべき青年であると、彼は僕自身を戯画化してくれたのであった。これは僕にとって、書く行為への強い信条「読者をknockoutせよ！」として位置づけられたが、同時にそれは僕の本質的な弱点でもあるのであろう。このように、僕は【ペンの広場　作品投稿room】という、おそらくそれ程大きくはない投稿空間に於いて、多大なる慰安力を与えられたのだった。無論、僕は、しぃ女史(この投稿者は、作品や言葉遣いからおそらく女性であると推察される)の、やはり僕の『作家志望者である我々の解体者とは誰か？』という作品における感想として綴られていた、《　すごく沢山書いていて、すばらしい内容でした。とてもよかったです。　》という、率直且つ驚くほど簡潔された感想に、どこか癒されるところの意識の襞の緩和を憶えたのだが。<br />　さて、僕は現在、ｂｃのサイトを別ウィンドウに開きながら、これを書くことをしている。ｂｃとは、【小説投稿HP　BlueCampus】のことであるが、僕はここに、連続して自作を多数投稿するという、ある人が見ればおそらくは気狂い沙汰でもあるところの作品掲載を行った。現在、サーバーが移転され、僕の作品に添付された多くの批評家たちの感想をここで引用できない事態となっているが、それでも矢張り僕はここで、かつての荒れ狂って読者にさえ牙を向けた僕を識る者からすれば驚愕に値するほどの紳士的な返信を行っていたのだった。その中で、最も僕を魂の高みへと導いた評者に、ママー氏という方がいた。彼は当初、あからさまに僕の作品を批判されておられたが、僕の真摯な、作家志望者としての態度の功が成されたのか、最後にはこのような、涙ぐましく力強い激励を贈ってくれたのである。僕はその時、強い喜悦に襲われたが。<br />《　鈴村さんにも謝らなくてはいけません。あなたのような、文学に対し多大なる情熱を傾けてる人に、わたしのような、いわば通勤過程での読書に最近は留まっている、文学にさほど熱のない人間が対等ばかりか、傲慢不遜な態度で相手方の矜持を無為に傷つけたことは本当に軽挙妄動だったと猛省しております。私がコメントで残したことと話の前後が撞着しますが、鈴村さんには不退転の決意でもって今後も文学に対し邁進されることを願っております。　》<br />　僕はママー氏の、この僕と同じく好戦気質な牙が、幾分丸くなった文章に触れて、「文学とは熱情以外の何物でもない」という想いを強くした。しかし、ここまで綴って、僕はゆっくりと意識の陥穽から湧出する、独特で、しかも無機質な臭気を嗅ぎ取っていた。「僕はいつまでネットに投稿すれば気が済むのであろうか？」という、半ば電子世界への呪縛への厭悪さえ随伴した粘着質なキライである。さて、僕はここまで半ば自己抱擁するかの如く総体的には僕を賞賛する人々のテクストから引用してきたのだったが、今度は逆に僕を【２ちゃんねる】のような、ケイオスの嵐が吹き荒ぶ荒地へ放擲すれば如何なる反応が生起きるのか、それを引用も含めて一部紹介することにしたい。<br />《　鈴村はそんなつまらないもんじゃないだろ。病気なの。精神病。 <br />精神病つったってよほど重度じゃなけりゃ物だって書けるしある程度は会話も出来る。 <br />でもあいつは精神病だから定期的にやってくる心の爆発を抑えきれない。 <br />精神病だから何度反省して、何度謝罪しようと同じ過ちを繰り返す。 <br />あいつに必要なのは反省とか謝罪じゃなくて治療。 <br />あいつに必要なのはＴＣで擬似的な友情に拠って彼を理解しようとするヤツじゃなくて、現実世界であいつを支える覚悟のあるヤツ。　》<br />これを読んだ時、僕は現実に於いて、僕と東京で三日間のデート(それは未来、美しい記憶となる筈の、しかしまだ物悲しさを孕んでいる一繋がりの事件)をした理丗【Lise】の言葉を想起した。彼女は「死とは、死を考える限り、死の外部に位置する概念として思考せざるをえず、従って我々が死の内部から死を把握せしめることはない」という意味のこと(彼女はブランショを読んでいないにも関わらずそう明晰に喝破したのだった)を電話でいったが、僕は狂気についても、それを演技として自覚している限り、その外部に位置していることを導きたい。精神病そのものが作家志望者の一つの資質であるならば、寧ろ狂人を演じてでも作品に激越な何か高揚させるインパクトを宿させねばならない、と僕は密かに微笑する己を叱咤したが。「想像的私小説」の文学理論においては、僕の現実に体験した事象は、フィクショナルに改変される。僕はそれを理丗【Lise】への書簡体形式を取った小説『屋根裏の学堂』に於いて実践しもした。<br />「夏だと言うのに異様なほど涼やかな風がなびいていて、僕は汗一つかかずに歩を進めていた。」<br />上記のテクストは彼女の『一陣の夏の風に』のセンテンスだが、この完結した文に、僕は現在の僕の意識的な鏡像を見て取る。西暦2006年７月15日現在の僕の周囲を取り巻くのは、初夏の大阪の風景であるが、僕はほとんど常態化して部屋で本を読み、何かを書く、という「汗一つかかない」行為をしているのであるから。そして僕は、このような序文めいた装飾を施すことで、僕自身が「想像的私小説」という文学の淵源の門に立ち始めたことを意識するのだ。<br /><br />　一区切りの冒頭を書き終えた僕は、生涯学習情報センターへ向かった。僕は現在、プラトーノフの『ジャン』(同じく岩波文庫に収録されている、『粘土沙漠』は既にノォトで読解の痕跡を残したが)を集中的に解体することを自己に課している。同時に、絶えずコギーの『同時代ゲーム』はゆっくりと読み進めているのでもある。僕が文体的に影響を受けているとしたら、やはり現在僕が読むことをしている作家の周辺(即ち、コギー、小島氏、プラトーノフ、ボルヘス……)から絞り込んでいくのが賢明だろう。コローの画集を借りてもいるが、これは大きな心理的な穴ぼこに落ち込んだ時に、僕自身を愛撫する装置として、機能(僕は果たして本当に心理的な麻薬として、彼を利用しているであろうか？僕は高貴な文化に酔狂なだけに過ぎないと自省したくもなるが)している。しかし、図書館という領域に足を踏み込むと、やはり僕にはボルヘスの顔が絶えず一度は頭に浮かぶのだった。僕はボルヘスがブエノスアイレスの国立図書館を、ステッキ片手にゆっくり歩いている映像を眼にしたことがあるが、その場面で流れている曲は甘美なピアノ曲(端的に、ショパン！という名前を僕は叫んだが、詳細は定かではない)だった。僕はフランスのドキュメント番組の終章を飾る、その巨星の歩行の姿に胸を熱くし、いよいよボルヘスを精神的な師匠＝パトロンと規定したが。しかし、僕は面接試験に失敗し、明日には再び求人情報誌を取りに行く、鬱屈したneet(働く意志を持ちながら、別の何かで絶えずその意志を小さくすることを密かに願うような)なのでもある。それは僕に絶大な恥辱を時折与えるが、しかし図書館共同体の一員として、これほど己に誇り(知的刺激を自ら掴み取っていく動的な種族への仲間入りとして)を持てる時代もなかったと、半ば自負してもいる。生涯学習情報センターは宇宙ステーションのような印象を僕に与え続けている。二階は図書フロアであり、階上のどこかのフロアにプラネタリウムが設置されているのだ。外観の、頂上部分が楕円形の皿状(河童の皿を彷彿とさせる)になっていて、近代的な雰囲気を孕んでいるといえなくもない。僕は本棚の間を右往左往しながら、腕を組み、ウンウン唸りはしたが、しかし脳内はカラッポなのでもある。何も考える気力が起きなかったが、それはそれで一つの充実した思考の揺籃なのだと、僕は自分自身を強く愛撫する台詞を内的に放った。不意に、カーペットの敷かれた床に、白濁した粘液の一粒が美しく輝きながら光っているのを、僕は眼にした。<br />――精子か？と、僕は眼をミミズクのように丸くして、鼻腔を極限まで接近させることをした。それはゼリー状になって、もうすぐいよいよ固まり始める一粒の弱々しく涙ぐましいボンドだった。僕にはそれが精液の一滴に見えたが、実際に声を出してこの美しい一滴の粒に語りかけもした――御前は精子になりたくはないか？それは、そうすべきであったのだから。絵本コーナーの書棚の辺りから、ヒャッホォゥ！という、小さい乙女のものであろう闊達な声がフロア中に鳴り響いた。僕は密林を、蔓草を掴んで枝から枝へと滑空する、逞しい躍動的な女権部族民の声を聴いたようは感覚に襲われた。そして、僕はゆっくり、「実はここは図書館ではなく、むしろ密林の奥地なのではあるまいか？もしそうであれば、僕は既に書物を読む生活ではなく、樹木の剥離された肌に文字を刻む生活へと移行せねばなるまい！」と奮い立った。僕は尻の穴に急激に巨大なスーパーボールが埋まり込んだような緊張感に襲われ、周囲を素早く見廻した。本棚は樹木となり、本は一冊一冊が有機的な生命体と化していた。天井は雲散霧消し、大きな黒い鉄塔が遠方で屹立するのが覗ける樹木の無数の葉の円窓が広がっていた。それは緑のプラネタリウムであり、書物に生命が吹き込まれた儀式の、玉響に浮かび上がる官能的動景だった。僕は大きな声で「うわぁ！うわぁ！うわぁ！」と叫び出したい衝動に駆られたが、哲学書棚の中の一冊、ドゥルーズの『差異と反復』を抱き締めることによって自分を痴態演ずる狂人として知らしめるまでには到らずに済ませた。<br />　改めて僕は先述した冒頭を、厳しい批判を覚悟で綴ったのだが、そこには擬似作家を演ずる陰鬱な青年としての、歪んだ自己顕示欲が見出せはしないだろうか、と不安がり始めた。しかし、そこにこの作品『無人島2006』の僕なりの強い主題が存在するとも思うのである。僕は生涯学習情報センターの二階フロアで、ただ一人で徘徊しているのではなかった。そこには実に多くの人々が存在し、各々が本に眼を落としてソファーに腰掛け、或いは友人と小声でつまらない会話をしている。彼らは現在、図書館という一つの大陸によって同じ地を踏んでいるのだ。僕はそのように、正直もうこれ以上考えたくも無い夢想に脳味噌の血液を操作しつつ、更に、僕が現在進行中の『無人島2006』を、なぜ無人島、などというタイトルにしたのかを考えた。だが、それを考え始めようとした時、僕は「別にそれを考える必要は無かろう」と、曖昧に否定した。<br />　僕は先刻から世界文学全集の整然と並べられた書棚の前で、座り込んでいる。僕は『ボードレール、ポー』を抜き取り、この二人の破滅的種族の顔を眺めた。僕はポー作品で、端的に最も面白く感じたものとして、『ユリイカ』をあげるが、しかし僕はここで今それについて考える気力を持たなかった。僕は小声で呟いた、即ち、このように。<br />――自殺しようか。正直、書くのが辛い。<br />僕はそういって、その声の主が僕ではないような錯覚に陥った。自殺、この安直なシニシズムの漂う言葉そのものを、僕はこれほど平易に吐いていいのだろうか、と。これまで何一つ、結果を残していない無力な作家志望者である僕、と僕は、放火魔として逮捕された同年代の女が、ブログで綴っていた文章と、僕のブログである【文學機械】に於ける全テクストを照合して、そこに如何なる相違点もないことを見出した。<br />――俺はクマェリだ。あの、熊田×子そっくりの、クマェリだ。彼女はカメレオン種族なのだ。俺は熊田×子の代わりに、コギーやその他作家の文体を演じている。俺はやっぱりカメレオン種族なのだ。<br />僕は微細な小声でそう囁いたが、カメレオン、という言葉から、中島敦の『カメレオン日記』の表題を脳内で派生させた。僕はそれをまだ読んでいないが、妹が現代国語の時間に、『山月記』を読んだらしく、珍しく興奮していたのである。僕はふと、ガーデン関連の書棚に眼をやった。一人の、黒い服、黒いスカートを着た女子高生くらいの少女が熱心にしゃがみ込んでサボテンの写真を眺めている。僕は彼女が覗き込んでいるサボテンに、僕自身のペニスをトゲトゲが付いた存在として空間を飛び越えて投影させつつ、彼女の白い膚の内部に唇を押し付ける自分を妄想した。僕は一度フロアを出て、男子便所の部屋の奥でオナニィに耽りたくなったが、ドゥルーズの野猿みたいな笑顔を想い出して、それを払拭した。しかし、僕から分裂して、ペニスのようなサボテンとなったもう一人の僕は、やはり彼女に厚ぼったく眺められることをしているのでもある。やがて僕はこれ以上、図書館にいるのが地獄になり、図書館をダイナマイトで爆破するか、家に帰るかしたかった。爆薬を持っていない僕は、緩慢な動作＋猫背＋ぼやきながら、生涯学習情報センターを後にした。<br /><br />　帰宅した僕は、再び電子画面の前で文章を、絶望的な鬱屈の蟲に内臓を掻き回されながら書くことを再開した。僕は、『日常生活を《　塔　》が汚染する』という作品を、自分の小さいブログに掲載していたが、これに感想を寄せてくれた方がいることを想起した。彼の文章を引用することで、僕は現在の憂鬱の険しい谷を、越えることを意志する。読者よ、僕は果たして駄文を書いてきたと思うかね？僕は無論、有り余るこの情熱で、恋愛やスポーツや知的労働をしてみたいさ！だがね、今の僕にはそれができない。知的労働はしているがね！それも、知的なのか、痴的(読者は、僕がこの広辞苑第五版には記載されていない言葉を平然と使用したように感じられるかもしれない。しかし、僕はこの痴的という言葉を綴った時、端的に最近読んだ稲垣足穂の禿げ頭の写真を小さな後ろめたさと共に回想したのだ)なのか、自分でも解らないところの労働をさ！さて、僕は以下に彼のテクストを引用したい。再度、彼に励まされ、僕自身を書く行為へ疾駆させる賦活財にして。<br />《　君は将来、何らかの形で有名になるに違いないが（僕はこの予言で君を呪縛する事に一抹の快感を感じる）、だがそれは大きな憂鬱と吐き気を催す奇怪とを携えての事だろう。僕は君の名に注目している。それはここ最近僕の目が蜘蛛の巣上を探る至る所でそれが確認されたからに他ならないが、君の名がある一種の奇妙な感情を僕の胸に起こさせるからでもある。それはあるいは一種の哀れみに近いものかもしれない。僕はこれまで君の文章になんら立体的な影を見出す事が出来なかった。君の文章は羅列された記号以上のものではなかった。それは遠く、また小さかった。薄っぺらだった。ところがここの所君は創作において自らの血液を噴出させている。それに成功しているとはまだ言いがたいがそれも時間の問題だろう。君は向きを考えて工夫して血管を切らなければならない。そうすれば観客に直に血飛沫を浴びせる事も可能だろう。彼らはそれに喝采するに違いない。だが、ああしかしなんと言う憂鬱。僕は君のような存在になど出会いたくなかった。僕は君に向けたこの文章を片手でタイピングしている。両腕が正常に機能しているにもかかわらずにだ。もう一方の腕には別の働きをさせねばならないでいる。僕は片方の腕でキーボードを弾き、もう一方の腕で自分を抱え込む事によって、君から僕を守っている。それにしても既にこの文章を見れば明確な事に、僕は君の血を少なからず浴びてしまっているのだ。君が将来もっと効果的な方法で君の血液を噴き出させることに成功したとき、僕は間違いなく汚される。君の腐臭は何と芳しい魅力を放っている事だろうか。僕はもう君が一切の創作を捨ててもう何も書かないでいてくれることを望む。さもなくば僕は我が身が君に強姦される事を許してしまうだろう。光を求めてはいないのか。光はあるのだ。君が望むなら、僕は君に光を指し示す事も出来る。だが君はそれを退けるだろう。君はそれを退けるだろう。君は退ける。　》<br />僕は今まで、これほど怖ろしく、そして美しい批評を与えられたことはなかったのだった。ある人は、この文章を僕の分裂した人格が書いた、といって揶揄したが、少なくとも読者である君(君は僕よりも多くの作品をネットで投稿し、その虚無の大きさを認識してきた筈だが)よ、君なら僕を信頼してくれるであろう？僕はこの激励とも、呪文ともいえぬ文章を、鉄槌のように与えられたのである。僕はこの声の主の名を識っている。僕は彼が誰であるかを。その名を口にした瞬間、きっと僕はこの世界から消尽されるだろう。僕の存在意義は、涙ぐましい綱渡りを始めたようだ。僕は内面に沈降しなければ、誰からも振り向かれない、そういう種族ではない。僕の存在が内面宇宙なのである。主題を選ぶ必要がどこにあろうか？僕が書くべきものは既に定まっている。僕はおそらく、多くの人に失望と高揚を与える天才になるだろう。僕は作家になりたい。その為には投稿せよ、十九歳の青二才よ、君は「あの人」のいる砂漠へと向かえ。「あの人」がたとえ幻影であろうとも、僕は彼の手を必ず握るだろう。僕は今、如何なる作家の文体をも意識してはいない。コギーは消尽された。僕は一人の読者を持っている。彼の名は鈴村智一郎というのだ。だが、彼はまだ「あの人」ではない。読者である君よ、僕は君に歌をうたってやったつもりだが？<br /></span> ]]>
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<dc:subject>小説置場</dc:subject>
<dc:date>2006-07-16T01:24:38+09:00</dc:date>
<dc:creator>鈴村智一郎</dc:creator>
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<title>ベツレヘムの厩</title>
<description> 　アタシのこと、みんな「バケモノ」って呼ぶんだ。こんな糞女子高に入ったのがマチガイだったのよ。そりゃあ、中学の頃はそれなりにベンキョーもしたわ。塾も行ってたし、ピアノもやってた、バレー部もがんばって、それで今の糞女子高の偏差値にまで登りつめたワケ。でもナニ？校門じゃいっつもスケベ面した校長がアタシの胸のあたりジロジロ見てくるし、中庭にはカビ臭いマリア像とか立ってるし、教卓の上には「地の塩　世の光」
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<![CDATA[ <span style=font-size:large><br />　アタシのこと、みんな「バケモノ」って呼ぶんだ。こんな糞女子高に入ったのがマチガイだったのよ。そりゃあ、中学の頃はそれなりにベンキョーもしたわ。塾も行ってたし、ピアノもやってた、バレー部もがんばって、それで今の糞女子高の偏差値にまで登りつめたワケ。でもナニ？校門じゃいっつもスケベ面した校長がアタシの胸のあたりジロジロ見てくるし、中庭にはカビ臭いマリア像とか立ってるし、教卓の上には「地の塩　世の光」とかウザイ言葉がぴっかぴかの額縁に入れられて飾れられてるし、週に三度も宗教科とかいうバッカみたいな授業があるし、それで「東大」「京大」行きましょう？アナタタチ崇高ナル頭脳ヲ備エタ淑女一同ハ日本ノ将来ノ為ニソノ優秀ナル頭脳ヲ還元シマショウって、アンタなにさま？なんかムシャクシャして一日フケたら次の日担任がビンタ、「無断欠席ガ許サレルト思ッテイルノ？」だからアタシがムカついて、「はぁ？っていうか辞めたきゃ勝手に辞めれるのが高校の利点だろうが？」っていったら、厳重ランクの停学処分。そのことをウチの豚ママに話したら、「アンタの態度が全部原因でしょ？ママにあたらないでくれない？」って、関心皆無。ただでさえ子供の面倒みるのが死ぬほどウザイらしい豚パパにも話したら、「そうか」の一言。根暗でヒキコモリの蛆虫兄貴にも声をかけたけど、「黙れ」で扉をバッタン！閉めちゃって、また糞の役にも立たない小説とやらに逃避。ナニ？うちの家族って腐ってるのかな。そもそもの発端は女子トイレでアタシがアイシャドー落としてた日にまで遡るの。偶然入ってきた優等生三人組み(しかもコイツラ三人セットして便所で毎日レズってるの、信じられる？)がアタシを一瞥して、小声で「死ネ」。アタシがブチ切れて、「はぁ？おまえが死ねばぁー？」って懇切丁寧に返礼しますと、この豚レズトリオ「なんかイカ臭くない？」これを耳にした時アタシ思わず、それはオマエラだろぉ？っていいかけたけど、ガマンして無視したの。それじゃあ次の日からどうなったかって？クラスメイト全員アタシを無視、おまけに陰で「バケモノ」とか渾名つけてクス・クス笑ってくれちゃってるの、信じられる？これが聖母マリアのような乙女を教育理念にしたガッコー？ほんと、この世界って腐ってるのね。ウワサは他の教室にも感染、アタシが男のペニス十本は咥えたツワモノだとか、モデルのオーディションに落ちて逆にAVに出たとか、根も葉もない呆けたガセネタで終始笑い合ってはこっちを嘲りの眼でチラチラ見るワケ。そういう頭が沸点状態のときに、担任のあの一言。ホント、あんな腐った勉強狂いのレズドモがウジャウジャしてるガッコー、他にある？あまりにも頭の中のダイナマイトが爆発してしょうがないから、停学中オカマイなしで私服で学校に入ってキリスト像に赤ペンキぶちまけたら、偶然生徒指導のカス男に見つかって、三時間拷問的な叱咤＋ビンタ、挙句退学処分だって。まあでも別にこれでいいのよ。アタシはあそこの校風に馴染まなかったってだけのハナシ。つまらないでしょ、こんなハナシ？アタシのハナシっていっつもつまらないっていわれるの。まあ、アタシって人間の脳味噌が糞マミレで腐ってるからどうしようもナイんだけどネ。<br />　ガッコー辞めさせられたことには豚パパ＋豚ママもショックだったみたい。でもニ、三日したらケロッとして、完全にアタシを空気扱い。根暗兄貴にいたっては……、もう話すのもウザイからカットします。するコトないから電車でナンパしてきた若いイケメン風(？)のサラリーマンのケータイに連絡して、「遊べる日」を指定、数分後には返信が来て、「どのホテルにしよっか？」だって。男とヤルのはこれが五、六回目だったから別にキンチョーとかはしなかったんだけど、さすがに「どんな顔だっけ？」ってナンパしてきた時のソイツのツラがボヤけてるのも自覚してたワケよ。まあ男なんて、でっかいチンポがついてたらそれでいいから、とにかく全部あのキモい陰キャラどもの巣窟に関する記憶をブッ壊したかったの。その日はかなり気合入ったファッションだったかな、スカートもかなり短かったかもしんない。ラヴホの前で待ち合わせ。仕事帰りみたいで、背広でまあそれなりにカッコイイ男が笑顔ふりまいて走ってきたわ。ソッコー部屋でイッショにシャワー浴びて、そのままキスしながらベッドに転がり落ちたの。ナニしたんだっけな、まあほとんど衝動に委ねてたから今じゃあんま憶えてないんだけど、後でフェラテクを褒めてくれたのにはチョッピリうれしかったかもしんない。そう、その頃だったわ、チューハイ回し飲みしながら、いきなりコイツがアタシにこういったのよ。<br />――あぁ、本当に最高のマンコだったよ。×××ちゃん。イソギンチャクみたいに絡みついたなぁ！俺のチンポも死ぬほどウレシがってたよ。なぁ、いきなりだけどさ、AV出てみるのとかには興味ある？<br />アタシ、別にそこまでチンポが欲しいワケでもなかったし、軽いノリでこういったわ。<br />――エロビデでしょ？あー、そういうのダルイ。<br />それじゃあこの男、今度は急に黙りこんで、ケッコンの話持ち出すキマジメさんみたいに、深々と考え込んでるのよね。でも、すぐにアタシが訝しげにしてるコトにきづいたらしくて、あのオンナうけしやすそうな笑顔をうかべたワケ。<br />――じゃあさ、Snuffとかに関心あるかな？<br />それを聴いてアタシ、はぁ？って顔をしたんだろうけど、男は男で、微笑を絶やさずにアタシの乳首をいじりながら、やっぱりその「Snuff」に関して、なにかイイタゲだったの。アタシは一般常識っていうか、映画かなにかで殺人ヴィデオのことを「Snuff」とか呼んでるのを憶えてたんだけど。そこで、こんなふうに返答してみたの。<br />――あぁー、スナッフ？うん、興味あるよぉ。<br />――ウッソ！マジで？<br />――うん、アレだよね、女の子かナンカをトンカチでブン殴ったりして、殺すまでを撮影したフィルムでしょ？<br />――そうそうっ！さっすが日本でも有数の進学校だっただけあるなぁ！<br />――それ、ホメ言葉じゃナクナイ？でもSnuffってほとんど都市伝説みたいなモノじゃないノぉ？<br />――いや、市場化してるヤツの大半はガセだよ。ってか、マジなら誘うワケないじゃん？でもさ、一回出てみない？ガセの演出で本物に見せかけるヤツ。×××ちゃんカワイイしさ、きっと殺人死体マニアドモのズリネタ女王になれるよ！<br />――えぇー。なんかヤバクナイ？<br />――平気平気！ぜんっぜん！アレだよ、アレ。報酬とかほとんどAVの素人の出演料完全に越えてるしさ、スッパダカで縄で縛られて、ナイフとかペンチとかで内臓エグられたりするだけだから！<br />――へぇー。乳首とかペンチで引き千切るワケ？<br />――もちろん演出だけどね！そのへんは編集とかいるし、心配することはないかな！殺されるのはヴィデオの中だけってことさ！<br />――いーよ。っていうか、ヒマだし。バイト感覚でやるわ。見積もりでドンクライ？<br />――んっ？ギャラ？<br />――そそ。<br />――そうだなぁ。「ハマリ役」だってわかったら、一本につき80万くらいかなぁ。<br />――キマリ。で、いつなの？<br /><br />　三日後、彼からメールで「撮影場所」のアドレスが送られてきたわ。もちろん、アタシもちょい怖かったんだケド、まあ向こうも演出とかほざいてるし、あんまり考えないようにしてたワケ。撮影日はメール受信して、また三日後だったわ。場所はけっこう遠くて、乗り換え含めて電車で一時間半＋バス二十分ちょいかな。かなり古い工場跡地で、遠山製紙パルプ工場って表札に亀裂まで入ってる筋金入りの廃墟。周囲は雑木林みたいでキミ悪いんだけど、まあ夏だし、蝉の声がそういうの掻き消してくれてるような気もしてたわ。茂みの奥にガタガタにイガんだ鳥居がポッツンって立ってて、そこになんか知んないけど、大量のポルノ雑誌が捨ててあった。アタシ、いわれたとおりずっと工場の中の機械類の近くに腰かけてタバコ吸ってたの。何分くらい待ったかな、タブン二十分くらい。白いフツーのワゴン車が一台下の街から伸びた車道から上がってきたの。アタシ、ちょっと緊張して、フロントガラス越しに運転してるヤカラの面を確かめようとしたわ。もしヤクザ系だったりしたら、裏手から一目散にバス停の方へ走り去るつもりだったもん。でも、中の様子がわかんない黒いガラスってあるでしょ、アレだったのよね。まあ、とりあえず工場の中のちょっとした置物の近くに身を潜めて、ガラスのない四角い穴から、外の様子をうかがってたわ、アタシ。そしたら別にヤバそうな感じの人じゃなくて、四人組のフツーな男女がワゴンから笑いながら出てきたのよね。男三、女一、別にパッと見た感じマジメそうっていうか(こういうのが一番ヤバイとか？)、ホント業務的にエロビデ撮ってマス！って感じのワキアイアイしたヤカラだったの。でもこの四人の中に、あのアタシのフェラ四十五秒で昇天した男はいなくって、ちょっとそれが気がかりだったわ。なぜって、連絡してきてたのはアイツだし。でもまあ別に仕事だって割りきってるから、別に誰が来ようと金と命の保障さえあるんなら別にいーんですケド。そういう感じで、警戒心ってヤツを殺がれちゃって、アタシゆっくりヤカラの前に歩み出たってワケ。そしたら、リーダー格みたいな、ちょい太めの、丸眼鏡かけた(たぶん公務員？なんか、そんなカンジ)オッサンがアタシに一番に気付いて、気さくに話しかけてきたのよね。<br />――おぉ！キミだね！キミ、だよね？あの、Ｒから連絡もらった、×××ちゃん？そうだよね？んん？<br />――エット、あ、ハイ。<br />アタシがそう、わりと大人しめに返すと、他の連中も周りに駆け寄ってきて、ヘラヘラ笑いながらナブルようにみたの。まあその視線は別に不快な感じじゃなかったんだけど、女の顔がちょっと近くで見るとキモチワルかったかな。なんか左頬に薄いんだけど、でっかいアザがあるのよ。眼は細くて、なんか百人一首に描かれてる昔の宮廷ブス女ってカンジ。アタシとおんなじで、肌はかなり白いんだけど、ちょっと近くでこのアザは正直ヒイタわ。<br />――うわぁ！めっちゃカワエエなぁ！Ｒこんなベッピン見つけとったんか？死ぬほどタイプやわぁ！スカウトされへん？大通りとか歩いてて！<br />そういっていきなり丸眼鏡の前に踊り出てきたのは、ヒョロ長のヘビみたいな顔した、三十路くらいの男。バリバリの関西弁でちょっとはじめヒイタけど、この中だと一番ノリはヨサゲだったかな。アタシ、実際スカウトされたことあったし、事務所に今でも籍置いてるから、正直に答えようと思った。<br />――あっ、ハイ、ありますヨ。<br />――うわぁ！やっぱりなぁ！こんな上玉オトコが見逃すワケないもんなぁ！アカン、今Ｒ墓に入れたくなってきたわ！<br />ヘビ男がそういって、アタシちょっと首をかしげた。っていうか、コイツがこういうコトいいだすってことは、Ｒとアタシがしたこととか、アタシの特技とか、全部知ってるってことだと思ったのよ。まあ事前情報として、アタシも同じ立場だったら、どういうスタイルの女だとか、そゆこと洩らすと思うけどね。<br />後の一人は、めちゃくちゃ体のでっかい(190ちょい？)、なんか大道具係りってカンジのがっしりした体型のスポーツマン風のヤツ。野球帽のツバを反対側にして被ってて、笑顔は少ないんだけど、目はリスみたいにクリクリしてた。そんなふうに観察してると、やっぱりあのリーダー格の小太りが、ヘビを退かすようにして口を開いたわ。<br />――死に方とか聞いてたっけ？けっこう種類あるんだけど。<br />――エッ、いや、まだそーゆーのは全然知らないんデス。<br />――あー、そうなんだ。まあね、今回×××ちゃんにやってみたい殺し方ってのは、もう討論済みでね。単純にドリルとか電ノコで少しずつ腕とか、まあ脚とか、削っていくのもイイんだけどさ、もっと特別な殺人方法の方が売れるしね。<br />――エー、なんかコワぁい。<br />――はっはっ！大丈夫大丈夫！ホントに天国イッちゃうわけじゃないんだから。オジサン達もプロだしね。カメラマンとか、獣医とかもしてるヤツいるけど、普通のポルノ系もけっこう撮ってきたんだ。【FAIRY　PROJECT】って聞いたことない？ブッカケとかスカトロとかゲロ、食ザー関連の、まあマニア系なんだけど、最近地下販売でSnuffやり始めてね。×××ちゃんでね、3人目なんだ。<br />――ヘェー。前のコはどんな死に方だったんですかぁ？<br />アタシがそう質問すると、今までは大道具の男の傍で地蔵みたいな存在になってた、あのアザの女が口を開いた。<br />――前の娘はちょっと変わった娘だったのよねぇ。火傷プレイのキチガイ版っていうかねぇ、少しずつライターで皮膚を焼かれるのが好きみたいで、だんだんエスカレートしたんだけど、ナマ火傷ができるたびに、その傷口に熱湯をかけてってウルサイのよねぇ。最後はもうmonsterっていうかねぇ、頭皮もほとんど焼け爛れちゃって、かなりヤバイ状態になったんだけどねぇ。<br />――うわぁー、それはナンカ加工修正がタイヘンそうですネ。<br />――いや、そうでもないねんなぁ、これが！と、ヘビの関西弁男がまた割り込んだ。むしろ大変やったんはガキの悲鳴だけ残して外界のノイズ除去する作業やわ。イミわかるか？×××ちゃん、ここいら無人地帯みたいやけどな、けっこう車道からの音響きよんねん。しかも時々やけど警察も巡回に来よるしなぁ。<br />――じゃあ悲鳴はおもうぞんぶんあげちゃってもОKってコトですよネ？<br />――うんうん！そうそう！さっすがぁ、よぉわかってるんやん！やっぱ臨場感がタイセツやで。マジで。<br />――それはそうと、死に方なんだけど、×××ちゃんのほうで何か希望とかあるかな？あれば、それも取り入れて殺してあげたいんだけど。<br />――んーと、特にないんですケドね、アタシは別に。<br />――ほんとにぃ？輪姦とかされた後で死にたくない？<br />――あー、じゃあソレにしよっかなぁ。ってコトはエロが最初に入るってことですヨネ？<br />――そうだね！初めに俺たち三人で×××ちゃんの可愛いオマンコにたっぷりスペルマぶちまけて、それからゆっくり特別な方法で殺すっていう流れ、こういうのでどう？<br />――ゼンゼン、オッケーです。でも、ギャラにエロの分増額ってことにしちゃっていいですかァ？<br />――いいよいいよぉ！そうだな、80万契約だったから、上乗せ20万でどう？破格だと思うよ。後でいっしょにヴィデオ観ようよ！きっと興奮するから！死ぬほど！<br />　アタシは小犬みたいに首を縦に振った。実際、たかがヴィデオ一本撮るだけで百万も手に入るなんて、こんな嬉しい商売はないと思ったから。アタシが承諾書にサインして、やがてヤカラはアタシを工場二階の一室へ誘導したわ。もちろん、けっこうキンチョーしてたけど、そんなことより、三本のチンポに同時に犯されるのが、なんかキモチよさそうで早く始まってほしかったの。３Pはしたことあったけど、男一女二だったからツマンナカッタのよね。きっとアタシの口とアナルとマンコにそれぞれでっかいチンポがズボズボ出し入れされるんだろうなぁって考えると、心臓がドクンドクン高鳴ったわ。その部屋はちょっとカビ臭くて、おまけに天井の隅にはクモの巣が張ってたキタナイ場所だったわ。でも、部屋の真ん中に中くらいのベッドが置いてあって、窓にはカーテンがかけられてるのよね。その窓の近くには錆び付いたパイプ椅子があったわ。もちろんベッドはキレイで、新品っぽかった。「じゃあ、脱いでみようね？」っていうリーダーの男の声がして、アタシ脱ぎ始めたわ。脱ぎ終わるまで、椅子に座ったあのアザ女が、カメラでアタシを何枚も撮ってたけど、別に気にしなかった。だって、たぶんこれもギャラに入ってる気がしたし、仕事だって割り切ってたからね。「靴下だけは脱がないで」っていわれたわ。それ以外は脱いだわけだけど、裸のアタシにヘビ男が黒いガーターとやっぱり真っ黒の網タイツを渡して、「これも付けてみよか？」だって。いわれたとおりにして、アタシ、ベッドに横になったわ。もちろん、アザ女はもうとっくにヴィデオ撮影を始めてて、カメラとは別にそれに気を配っているのよ。男たちもそれぞれ服を脱ぎ出して、やがてアタシ一人が横になったベッドに三人いっしょに這い上がってきたわ。その後はポルノとかでよく観る、いわゆるサンドイッチ状態にして交互にマンコに射精していくヤツ。(コンドームは使ってるけど)ヘビ男がアタシの乳房をしゃぶり回してる時は、マンコは大道具のチンポが入ってて、アナルにはリーダーの男のが入ってる、後はシャッフルで交替していくってカンジかな。アタシが声出すと、アザ女が撮影機器片手に「イイワヨォ！スッゴイワァ！イイワヨォ！」のくり返し。もちろん、アタシも負けずにフェラとかパイズリで応戦するんだけど、さすがにペニス三本相手にするには体力不足で、全員とマンコでズッコンバッコンした後は、長距離ランナーの完走直後みたいにヘナヘナになってたわ。全員汗まみれで、部屋の中もモノスゴイ臭いになってたと思う。それで、アザ女が一度ヴィデオを切って、「少し休みましょう」っていって、ワゴンから缶珈琲を運んできてくれたの。アタシがそれを飲んでる間に、大道具の男もワゴンに戻って、後からなんかオドロオドロしい大きい鞄を抱えて来たわ。たぶん演出用の拷問器具が入ってるんだろうと思ってたけど、ちょっとやっぱり怖いじゃん？アタシ、大道具の男にこう自分を安心させるイミで質問してみたのよ。<br />――あのォ、それって全部ホンモノじゃないんですよネ？<br />アタシがそういうと、大道具の男はウッ？とだけ馬鹿みたいに叫んで、眼を丸くしながらコッチをみたの。アタシ、この男がセックス中もほとんど声を出してなかったことが不思議だったんだけど、今の反応でなんか病気みたいな気がしたワケ。<br />――あー、×××ちゃん、すまんなぁ。ソイツ、最近自分が殺す相手とは話さんっていう、まあアル種の強迫観念にとりつかれとるねんやわ。カンニンしたって。<br />――あっ、そうなんだぁ。<br />でも、ヘビ男にそう返答されても、アタシは何かが心残りだった。この気持ち悪いほどデコボコした黒い大きな袋に入っている拷問器具は、全部ニセモノなのだろうか？もしホンモノだとしたら、それを使ってどう撮影するんだろう？血糊とかの用意は？もちろん、画像の特殊効果とかナントカで、腕を切断させたり、足をもぎ取ったりするんだよね？アタシはそう自分自身に、なんかマジで必死に問い詰めて、「ホントに天国イッちゃうわけじゃないんだから」と、初めにいったリーダーの男の言葉を引きずり上げて不安を取り払おうとした。でも、やっぱりそれも本当かどうかわかんない。もしかしたらＲもアタシを実際に殺すつもりでコイツラに紹介したのかもしれないし、コイツラがさっきから「殺し方なんだけど」とか、「悲鳴がうるさいからなぁ」とか、「前の娘が死んだときは」とかいってるのは、もしかしたら本当にマジで、アタシをコロス台詞として使っているのかもしれない。でも、そんなことをしたら、コイツラも破滅だし、日本の警察からそうヤスヤスと逃げ切れるわけないわよね。プロのカメラマンだとか、獣医だとかがたとえウソでも、コイツラにはきっとそれぞれ家庭があって、ちょっと悪趣味なシゴトとして、こういうのをやっているんじゃないのかなって思うもの。もしも自殺サイトみたいなカンジで出会った連中が、どうせ死ぬならスナッフを残して死のう、みたいな狂ったノリでアタシを選び出したのなら、もうアタシはここで殺されるしかないケド。でも、コイツラなんかけっこう楽しそうだし、今から死にますってツラじゃなかったのよ。ヘンに元気っていうか、あくまで業務的なのよね。まあその態度に逆に慰められる、みたいなカンジで、アタシ、もうあれこれ考えないことにしたんだケド。<br />――じゃあ×××ちゃん、そろそろ本番イコっか？<br />――あっ、ハイ。おねがいしマス。<br />――遺言とか別にないよね？<br />――えっ、えっと、エンシュツですよね？<br />アタシが思わずそう問い返すと、リーダーの男は質問には答えず、アザの女の方を向いたわ。<br />――あー、もうカメラ回しちゃって！って、男が一声あげると、アザの女も明るい声で「ОK」って叫んで、撮影機器を持ち上げるの。<br />――あ、ゴメンゴメン。それで、なんだって？<br />――エッ、いや、ていうかイショって？<br />――あー、もちろん演出だよエンシュツ！でもまあ、リアルっぽくヤリたいから、できるだけそれっぽく書いて欲しいんだよねぇ。もう身も心も命までも売る覚悟はデキテマス！みたいな涙グマシイかんじのヤツさぁ！<br />アタシ初めに承諾書も書いてたし、面倒だから、遠回しに拒んだけど、ヘビの男が逆にこういい出したの。<br />――じゃあ口頭で伝えるっちゅうスタイルにせえへんかぁ？俺が×××ちゃんに質問して、ヤバイ方向に追い込んでいくから、できるだけ憂鬱っぽく返答してくれへんかいな？<br />――んっとぉ、ヤバイ方向っていうのはどういうのですかぁ？<br />――そりゃ決まっとるやないかぁ！自殺させるように誘導する暴言罵声中傷蹂躙やわぁ！<br />――あー、ナルホドねぇ。<br />アタシはそう作り笑いして相槌を打ったんだけど、正直チョットうざくなってきていた。たんにドリルとかで頭ブチ抜いて殺すようなのじゃなくて、じっくり精神的にも肉体的にも追い込んで嬲殺しにするタイプのスナッフみたい。まあ手の込んでるぶん、ギャラは高いから文句はいわないけど、演技とかあんま得意でもないし、ユーウツなキャラ演じるとかできるかなぁってちょっと不安だったの。しばらくして、ヘビの男以外の男二人は壁側に移動しちゃって、アタシはベッドでヘビの男と二人で座りあってた。前にはアザ女が撮影ヴィデオ構えながらアタシを映してたわ。ヘビ男とアタシのムナシー問答が始まったワケよ。最初は別に、ただ学校とか家庭とか、セックスのこととか、そういうありふれたコトを話題にしてたカナ。でも、なんかコイツだんだん過激になってきたのよね。なんていうか、マジで頭のネジがフッ飛んでるみたいな顔しながら、マシンガントークでキチガイ系の台詞を吐き始めたワケ。まあアタシはヘビ男も演技してるってわかってたから、別にこっちも演技でタイショするつもりだったんだけど、なんかノリがマジっぽくてさ、正直コワかったわ。<br />――ほんまっ、オマエくだらん人間やなぁ！殺したくてたまらんわぁ！ちょっとレヴェルが高い進学校に入ったくらいでウレシガットルんかぁ？しょうもない自己愛やなぁ！自分はキャピキャピの女子高生で、コトバもアホみたいなノリやけど、頭はそこらのマンコだけついとるようなボンクラの糞餓鬼とはチガウネンデーみたいなカンジか？んん？オマエみたいな人間のクズは学校からも社会からもハミゴにされて、けっきょくヤクザの売女になっていきよんねん！オラ、もう一回さっきみたいにバキュームフェラしてくれや？ごっつキモチヨカッタぞ、おまえのムシャブリつきかた！オラァ！はよヤレや、キチガイ女！<br />こんなふうにヘビ男が吐き散らしてくるから、アタシはアタシでやっぱり自殺ガンボーある女子高生みたいなキャラを演じるワケよ。<br />――レイプもしてください。フェラもシマス。もう生きるのがツラクて、殺してほしいんデス。<br />――ウソじゃ、ボケッ！オマエみたいなブッサイクな女のマンコだれが犯すか！勘違いしとんちゃうぞ？あぁ？自意識過剰なんじゃこの糞餓鬼がっ！スカウトされて事務所がどうのって、オマエみたいなケバい餓鬼が呼ばれるジムショゆーたら素人ポルノ企画くらいやんけ？おお？殺したるから覚悟せぇよ！フツウには殺さんぞ？ゆっくりゆっくり悲鳴あげさせたるわ。<br />まあこんなかんじでしばらくブッ飛んだ問答してたんだけど、そのうちコイツ、なんかもうイミわかんないコトほざき出したのよね。こういう話を壁でスマシ顔して平然とみつめてる男二人もどうかと思ったんだけどサ。<br />――おまえなぁ、共産党なめたらアカンぞ？俺は18で入党して以来ずっとアナクロって笑われてきた極左の党員なんじゃ！今女帝の皇位継承で政界ぐるみモメとるやろぉ？あんなんこの俺が内親王の首ブッタ斬って一発で終わらしたるわっ！一回でもエエから皇居を血の海にすんのが俺の夢なんじゃ！オマエ、俺がキチガイとか思うなよ？オマエにもエエもんみせたるからなァ！南京大虐殺の写真集じゃ、これでシナのクズどものマンコをグリグリえぐっとる写真をオマエに強制的にみせたるからなッ！瞼に針金とおして眼そむけられへんようにしてなぁ！原爆症患者の写真もオモロイぞ？俺なんか背中がマッカッカになって泣き叫んどる被爆のガキをレイプする妄想しながら自涜したわっ！爆心地が俺のチンポの臭いで塗れるんじゃっ！天皇は死んだほうがエエ！あいつらの一族はまだ戦争責任つぐなっとらんわっ！糞ヒロヒトは植物とかに逃げとった場合かい、アホンダラぁ！<br />　アタシ思わず下を向いて笑ったわ。「シナのクズどものマンコをグリグリえぐっとる写真をオマエに強制的にみせたる」とかいってるバカなヤカラが、「天皇の戦争責任」とかいい出したことがオカシクて。たぶん、天皇とか、極左とか、原爆とか、そういう言葉になんか精神をハイにされる面がこの男にはあるんだろうと思った。ただ、その表現のしかたが、あまりにも「狙いスギ」っていうか、いかにも「キチガイやってます！」みたいなノリで、正直ダサイと思った。でも、アタシはそこまで考えて、コイツが演技してるってコトをいつのまにか忘れてた自分に気付いたのよ。たぶん、この男はヴィデオを観る人たちに向けて、なにかインパクトのある、ファナティクっていうか、そういう演技を無理にしてるんだろうって思い直したワケ。よくよくみたら、コイツも必死に叫んでるワケで、アタシもそれなら、必死でジサツ大好き女子高生を演じなきゃって思ったわ。<br />――コロシてくださいっ！もう生きたくないんデス！お願いっ！<br />アタシがそう叫んだ時だった。リーダー格の男が壁からムクッて身を乗り出して、アザの女にヴィデオを切るように合図したの。アタシとヘビ男はポカーンとしながら、リーダーの方を眺めてるワケ。<br />――ごめんね、×××ちゃん。せっかくイイ演技してくれてるのに。んっとねぇ、やっぱり今撮影風景みててね、殺される娘は「生きたい意志」を持ってる方がクル気がしたんだよ。<br />――あー、私も同感、とアザの女もヴィデオから顔を傾けながらアタシたちにいった。やっぱり「生きたい意志」を挫くことに観る側は快感を得るワケなのよねぇ。<br />――そうそう、だからさ、×××ちゃん、悪いんだけど、「殺されたいキャラ」から、「殺されたくないキャラ」にチェンジしてもらえないかなぁ！ゴメンネ、いきなり割り込んじゃって。まあ商品価値を高めるってコトで。<br />――あっ、わかりましたぁ。アタシは別にいいですヨ。でも、ムズカシそぉ。<br />アタシがそうリーダーの男にいうと、ヘビの男がいきなり口を開いたわ。<br />――はっはっ！心配いらんてっ！さっきみたいな感じで、けっこう声のボリュームだけおっきしたらエエねんから！殺サナイデクダサイ！って意志さえ伝わればエエねん！<br />――んー、まぁガンバリまぁス。<br />　アタシはこんなふうにヘビ男に軽く返したワケだけど、ホントはけっこうビビッてた。コイツの豹変ぶりっていうか、スに戻ったときがあまりにもケロッとしすぎだったからつい。なんかもう日常のイチブになってマスってか、ノリがさっきと全然ちがうワケなの。まあアタシは求められた「殺されたくないキャラ」をてっとり早く演技して、もうなんかココがウザクなってきてたわ。なんかムナシかったし、ちょっとツラかった。現金でそのまますぐにギャラくれるとか、そういうハナシはきいてなかったし、とにかくソッコーおわらしたかったのよネ。<br />――オマエ、キムチ臭いなぁ？朝鮮人ちゃうか？頭もワルそうやし、なんか部落の糞朝鮮っぽいなぁ！顔付きがキモイわぁ！糞キムチっ！オマエの糞ジジィと糞ババァはちっさい頃帝國軍兵士にチンポとマンコ強制的にドッキングさせられてガキつくったんちゃうか？オマエら文化コンプレックスで日本旗燃やしとるんちゃうゾ？竹島は俺等のモンやろぉがぁ？整形のシスギちゃうんか？糞キムチっ！マンコもケツの穴もキムチ臭くてタマランなぁ！糞キムチっ！殺したるデぇ！ゆっくりゆっくり表皮を剥ぎ取って南京虐殺の頃くらいオモロイ殺し方したるデェ！糞キムチっ！<br />――殺さないでください！まだ死にたくないんですっ！お願いしますっ！お母さんとお父さんに合わせてっ！お母さん！お母さん！ああ、死にたくないっ！<br />――あかんあかん！今からもうオマエは死ぬんやで？おいっ！お前らっ！電ノコもってこいっ！こいつの目玉くりぬくさかいっ！はよ持って来んかぁ！<br />――いやぁ！許してぇ！お願いっ！何でもシマス！許してくださいっ！ああ、イヤっ！死にたくないですぅ！助けてくださいっ！何でもシマス！ああっ！<br />――ごっつ五月蝿いガキやのぉー。おいっ！ガムテも持ってこい！口塞ぐわっ！あとビニールに入れとる俺等のウンコも持ってきとけ！もうそろそろ食わすわぁ！<br />　アタシ、泣いてたんだ。でも、もうなんだか自分がマジで泣いてるのか、ウソ泣きしてるのか、ワケがわかんなくなってたの。ヘビの男がずっとアタシのおっぱいを鷲掴みしてて、アタシの両手両脚をアザの女が押さえてて、大道具の男がまたワゴンへ走っていったわ。リーダーの男は電気ノコギリをあのキモチ悪い鞄から取り出して、それをヘビの男に手渡したわ。ヘビが電源をオンにしたみたいで、アタシ、もう死ぬほど怖くて、っていうか、これが演技なのか、マジなのか、もう生きて帰れないのか、そういう次元とおりこして、マジで殺されるって、死ぬほどこわかった。ワケわかんない大粒のなみだがあふれ出てきて、中学時代の、公園で子猫にキリを突き刺して遊んでたガキどもの満面の笑顔を思い出したりして、それでアタシがとめにはいったときは、もう遅くて、息が弱くて、アタシ、助けられなかった、あの子猫のお墓をミホといっしょにつくったとき、ミホは大泣きしてたけど、アタシは泣いてなかったわ、あれはどうして泣けなかったんだろう、アタシ、あのとき泣いてたら、こんなトコロでこんなヤバイコトにまきこまれなかったのかな、でも、ぜんぶアタシのせいよ、アタシがＲをよびよせて、アタシが自分で足をつっこんじゃった世界、アタシ、ここで死んだらきっとすっごい後悔するわ、だって、まだあの豚ママや豚パパや根暗兄貴に一番いいたかったコトいってないもん、アタシヲ／ウンデ／ソダテテ／クレテ／メイワク／デシタネ！／ドウセ／アタシハ／スグニ／シニマス／カラ！って、ほんと、どこで生き方ミスったのかな、つまんないのね、人生って、もうイイヤ、どうせならアタシがキリであの糞猫の息の根をとめればよかったのネ、それじゃあこんなチュートな蛆虫じゃなくて、もっと筋金入りのニンゲンノクズになれてたと思うもの、ほんと、もう死んでいいや、マジで世界とか愛とか友情とか金とか希望とかどうでもいいや、アタシのことなんかミンナ嫌いでしょ？だったらいさぎよく死にますから、サヨウナラ、糞世界、サヨウナラ、糞人生、もし今キリストが眼の前にいたら、きっとペニス噛み切ってやってるわね、慈愛？ナニソレ、みたいな？くたばれ、糞マリア、糞キリスト、アタシを十字架にかけれるならカケテミヤガレ！<br />　アタシ、それで鳥になろうとしたんだ。胸に大きく息すって、全部この世界のこと忘れようとおもった。それで、なんていうか、あっ！ナニあの白いのっ！みたいな、ちがうな、まあイイヤ、とにかく、だんだん頭がボンヤリしてきて、珈琲に睡眠薬でもはいってたのかな？とかおもいつつ、もうホントに眠くなって……それで、シネヨアタシ……うぃいいんっていう、機械音がみみの外か内かよくわかんないトコロで鳴り響いてて……うぃいいんいいぃいん…………あれ、痛くない？あっ……麻酔も入ってたの…かな………シネヨアタシ………クタバレキリスト………アタシがこんなくだらない世界をおわらせてやるわよ………だって……アタシの名前……マリアっていうんだもの……できるわよネ…………ウィいいいいいぃいいん……ぎぎぎ…ちょっとイタイ……シネ………みんなクタバレ…………………………アタシは………聖母よ………不滅の……………あれ……アタシって……………………………………………………………………………………………………………………………………学校やめ………………………………………………………たんだっ………………………………………………………………………………………………………………………………け……？<br /><br />　アタシが眼を醒ましたのは、ワゴンの中だった。ずっと寝てたみたい。すぐに飛び起きて、手足がついてるか確認したわよ。でも、なんともなかった。撮影は全部おわっちゃったみたいで、車にあいた扉にアイツらが荷物投げ入れてるの。アタシ、それをぼーっとみてたわ。辺りは夕方のオレンジ色に染まっちゃってて、ヒグラシとか鳴いてやがんの。リーダーの男が、アタシの肩に手を乗せて、「おつかれさん」っていったわ。アタシ、「あっ」って声を出したっきり、なにも返せなかった。っていうか、なんか体がダルくて、一日中歩いたってカンジ。やがてミンナがワゴンに乗って、アタシは後部座席の、あの荷物でごったがえしてるところで小さくなってた。ヘビの男も「よぉガンバッタなぁ！」とかいってた。アタシ、そのままじっと、外の景色を眺めてたわ。なんか流れるような風景だったな。むかし、誰だっけな、森ナンチャラとかいう作家のショーセツ学校でやったけど、あれに車か馬車で流れる風景のことかいてたな。意味ないようなトコロだったけど、なんかインショーに残ってた。あたし、その後、駅前の大通りでギャラもらって下ろされたわ。ニセサツかもしんないけど、でもまあすぐにバラスわよ。そいつらとは、もうそれでわかれちゃって、後は帰るだけだった。アタシ、悪夢にうなされてて、いきなり誰かに励まされたような気がしてたわ。ちっちゃくなっていくワゴンを、遠目で眺めてて、「シネ」ってつぶやいたの。そのうち捕まるわよ、ブタ箱おくり。アタシの眼にモザイクとかかけんのかな？どんなふうに殺されてたんだろ？電ノコはホンモノだったけど、どうやってマジで殺したようにみせかけたのカナ？寝てたし、もうイイ。雑踏の中で、なんかひとりポツンって立ってたわ。時計台のほうから、ボーンっていうナサケナイ音がひびいてた。誰かが空にダイブしたみたいに、西の空だけ血みたいにマッカなの。でも、ホントあたしってクズみたいな女ね。アイツラにとっても、いいカモだったみたい。っていうか、これからどうやって生きていこっかなぁ？学校いきなおす？ウザイ。じゃあAVで稼ぐとか？勝手にしとけば？アタシにしかできないコトってなんだろぉなぁ。あの子猫のお墓、ちゃんとつくりなおそっかなぁ。まだあの木の下に、「ミーコ」って札立ってるのカナ。ミホじゃなくて、アタシがアンタにあげた名前。ちょっとハヤスギでしょ、死ぬの。アタシがかわりに死んであげればよかったわね、ミーコ。もう、どうでもいいや。とにかく、明日制服着て、鞄ひっさげて、聖母マリア像をハンマーでブッ壊してくるわ。あの憐れみっぽいまなざしがタマラナクフユカイ。街はハキダメ。夕陽はキレイ。アタシは家のある方向へゆっくり歩き始めた。自分の足で。胸で十字を切りながら。<br 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<dc:subject>小説置場</dc:subject>
<dc:date>2006-07-15T05:15:03+09:00</dc:date>
<dc:creator>鈴村智一郎</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>進行する中篇『　教会への旅(仮題)　』</title>
<description> １ 　M市、というそれほど賑やかでもない街が、大阪にある。僕の生まれた街であり、現在も両親、妹、弟と暮らしている街であるが、この街には合計三つの図書館が存在している。どれも僕の心理的な場末と化しているが、随分と多くの本を、卒業依頼、これら三つで読んできた。そうしている内に、やはり図書館の内部で常連である顔触れを知るに到る。僕も確実にその一人だろうが、一人、僕が通い始めた頃から、既にパイプ椅子で開館か
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<![CDATA[ <span style=font-size:large><font color="#996600"><br />１ <br /><br />　M市、というそれほど賑やかでもない街が、大阪にある。僕の生まれた街であり、現在も両親、妹、弟と暮らしている街であるが、この街には合計三つの図書館が存在している。どれも僕の心理的な場末と化しているが、随分と多くの本を、卒業依頼、これら三つで読んできた。そうしている内に、やはり図書館の内部で常連である顔触れを知るに到る。僕も確実にその一人だろうが、一人、僕が通い始めた頃から、既にパイプ椅子で開館から閉館までの八時間、読書に耽っていると思しき少年を知った。僕は今もそうであるが、ホールスタッフとして働いていた料亭の親方とイザコザを起こして、これを辞めて以来、ずっと図書館通いをしている身であったので、ますます彼の姿に出くわすことは多くなったのである。僕の眼が狂っているのか、どうにも奇妙なことではあるが、彼にはどこか魔術的な、相貌としての魅力があった。それも、単なる美少年というのでない。並外れて日本人離れした、おそらく母方にフランス人の血でも混ざっているかのような、人目見ると数秒は釘付けを余儀なくされてしまうほどの端麗な容姿をしている。オスカー・ワイルドに、ドリアン・グレイという超絶的な美を宿す青年紳士が描かれているが、僕は彼を勝手に「ドリアン」と名付けていた。彼はおそらく、僕と同年程度か、それより下かであろう、身長は僕と同じくらいであるが、顔はまだどこか少年の面影を残している。白いタキシードに、胸元には黒い薔薇、がいかにも似合うような井出達であったので、図書館の中でも、とりわけ係りの女性スタッフには彼とショパンのコンサートに行きたい、などとヒソヒソ洩らしている者もいたほどである。この彼が、M市の三つの図書館を、やはり僕と同じく往来しているようなのだ。一度、彼が読んでいる本が知りたくて、カウンターで彼の後に並んだことがあったが、その大半が児童向けの絵本だったのには正直度肝を抜かれた。そういえば、彼が優雅に足を組んで瞼を薄く開きながら考え深げに座っていた椅子も、児童書の近辺に置かれていたものと記憶する。こういえば、喧嘩気質な性格が露呈されるかもしれないが、僕は彼に勝利したような至福を抱いたものだ。なにせ、僕が彼とは少し離れた場所で読み耽っていたのは、その大半が小難しい、実社会ではあまり役に立たぬと思しき哲学書や宗教書であったのであるから。いわば、僕は外面的には完全に彼に苦杯を飲まされたが、内面的には幾分豊穣であるところのものを備えているのかもしれぬ、と高を括ったわけである。書物は同じ書物でも、それは極力高貴なもの、優れた名著であるものに限定する、僕はしばしばこの強迫観念の虜となっていたことを認めたい。しかし、僕はいわば彼が絵本を読む王子であることによって、己をいよいよ小難しい書物へ向かわせる苦行僧にまで追い遣ることができたのでもあった。 <br />　数週間、そうしてドリアンが児童文学を若く美しいキリストのように読み耽っている様を遠眼で眺めつつ、僕はふと、彼がどのような声をしているのか、興味を抱き始めた。思えば、彼はいずれの施設でも、嘆息さえ洩らしていないばかりか、カウンターで本を貸し出す時、女性スタッフが赤面を隠しながらも、大胆に「私もこの絵本大好きなんです」と威勢の良い声で叫ぶと、決まって下を向いたまま、顎に手を当てて沈鬱な顔をするのである。僕はその一部始終を、階段付近で、さり気無く眺めては、いつまでもその秘密めいた声を教えない彼に、苛立ちさえ憶えていたのだった。声を出さない、となると、どこか冷徹で無気力な青年に思われもするが、けしてそうではなく、むしろ彼は意図して、声を洩らさず、微笑してみせたり、まるで演技っぽく憂鬱な顔をしてみせたりして、図書館の係りの女性たちのミステリアスな関心の的になっていた。 <br />　雨滴が窓に小さく当たる、奇妙にも晴れた夕暮れだった。僕はドリアンの声を、思わぬ形で耳にすることになったのだ。というのも、彼が何時になく神妙な面持ちで、ゆっくり哲学書の書棚の方へと歩いて来たのである。幼児がレゴに夢中になるように、僕もその時分ドゥルーズに夢中になって、灰色のカバーの分厚い主著(無論、翻訳であるが)に入り浸っていたのだが、そうやって立ったまま続きの頁に眼を落としている僕の傍に、不意にドリアンが立った。僕は一驚して、本を閉じると、椅子に向かうことなく、しばらく書棚に整然と並ぶ哲学書に眼を配っていたが、普段カウンター以外の場所で、これほど近くに彼が来ることがなかっただけに、心臓の鼓動は急速に早まっていた。僕にはその気はないことを先に述べておきたいが、彼が三歩すぐ横で訝しげに書棚を見廻していると、妙な、香水のような香りが漂って来るのでもあって、なんとも異様な胸の高鳴りを感じるのである。それは端的に、彼が女性的であるということよりも、むしろ神聖さを孕んだ中性的な面立ちをしていること、そのような端正な人間を僕は未だかつて眼にしたことがないということに来歴していた。僕は再度ドゥルーズを開いて、行間を読むのであったが、やはりドリアンの存在が気になって仕方が無い。そこで、僕は思い切って、彼に声をかけてみようかと、例えば、スピノザを読み込めば青年的な闘争の牙を丸められる、だとか、ニーチェは多少危険なので詩人として解釈すべきだ、とか、そういう好からぬ青臭い衒学的推薦を試みようかと思ったのだが、どうにもドリアンの、けして触れてはならないような、そういう神秘的な雰囲気に気圧されて、声をかける気が奮い立たない。そうして、あれやこれやと、見開きに埋め尽くされた文字を慌てふためきながら駆け巡っていた刹那、ふと、ドリアンが僕にこういったのである。あなたのお勧めを教えて下さりませんか？僕は、心臓に雷撃を落とされた。その声はあまりに清楚な乙女のそれであったのであるから。そこで僕が、元来内気で陰鬱な性質を覆い隠しながら、半ば意気込んで、ああ、そうですねえ、ニーチェとかはどうでしょうか？と、ぎこちない微笑さえ滑稽に浮かべて返答すると、ドリアンは、Nietzscheは原文でほとんど読んでしまったのです。特にEcce　Homoが好きなのですが、このフロアには翻訳自体無いみたいですね。と、朗らかで紳士的、淑女的な表情で懇切丁寧に返礼する。僕は、独逸語はおろか、英語さえままならない語学力に極めて乏しい己を見出して、強靭な劣等感と結び付けつつ、肩を小さく窄めてしまったのだった。この短い言葉の中で、彼が流暢にEcce　Homoと口走ったことで、僕は彼に推薦できる書物など何もなく、寧ろ逆に推薦されるべき立場にあるのだということを悟って、いつも児童書を読んでいた彼が、実は相当な学識を備えた人間であることを意識したのだった。俗に難解などと呼ばれる書物を、きっと彼はもう読み尽くして、新しい階梯、すなわち絵本の世界へと向かい始めているのではなかろうか、そこから無限に豊かな真理を抽出しつつ、と僕は彼の敬意を払うべき麗しい姿に圧倒されながら、そう思ったのである。 <br />　ドリアンは名を隼人といったが、僕は継続して彼をドリアン、と呼称したい。彼は独文学の教授と仏文学専門の翻訳家の母を持つ学識夫婦の一人息子で、京都大学に進んだが、母親譲りの精神的な穴ぼこに落ち込み、これを退学して今は祖父母と大阪のこの街に暮らしているという。僕は彼と図書室の中で、密かな対話を続けるうちに、彼自身の内面が僕に似て社会的なアウトサイドに立ち易いことを漠然とながら意識した。信じるに時間を要した小話であるが、彼は僕に何かしら似た臭いを嗅ぎ取って、いつかは好きな文学について議論したいと思っていたという。彼と話せば話すほど、僕は彼が超人的な博識を備えている、オクシモロンを慣用することを許されるならば類稀なる若き賢老であることを理解した。彼の家には地下書庫があり、そこに7万五千冊の双方の家系よりの蔵書が収められてい、幼少時代からこの地下室に毎日入り浸って生活してきたという。僕が最近読み始め、感服したボルヘスでさえ、彼は小学校時代に詩、エッセイ、短編を含むほぼ全ての著作を読破していたということである。僕は彼に嫉妬すると共に、多大な愛着と畏敬の念を寄せた。これまで、たった一人で半ば憂鬱と格闘しながら、それを克服する意志もこめて愚にも付かない小説を書き殴ってきたが、そのような閉鎖的で鬱屈した環境の中で、ドリアンの存在は僕に燦然と光り輝く黄昏の、昔一度だけ眼にしたかのような淡い陽と映ったのである。僕は内心、彼をギリシャ神話のアドニスに擬えていた。彼には確かに両性具有的な容貌が覗けたし、腰のしなやかな括れといい、雪のように白い膚といい、東洋人離れした深い堀といい、沈着さの孕んだ青年紳士的な眼差しといい、その全てが僕を陶酔させ、恋慕を抱かせるには充分なものであった。僕は一度彼に、彼の瞳が蒼いことを尋ねると、彼は祖父がウクライナの生まれであると告げたのだった。図書室で対話する日数を重ねるに連れ、僕の頭の中は始終ドリアンで溢れ、彼の大人びて静謐な口振りと、時折垣間見せる乙女のような笑窪の愛らしさに、胸を焦がされる想いをしていた。とはいえ、僕には同性愛的な、それこそワイルドのような男色趣味はなかったし、彼との親密な間柄を悦ぶといえども、それはあくまで彼の深淵な学殖と機敏で才智に長けた台詞への、尊崇の念に由来していたといえる。今、僕はこのようにして己の同性愛的な気質を否定する強い衝動に駆られたが、やはりドリアン自体の身体的な魅力、端的に女体的な側面も大半を占めていることは認めねばなるまい。とはいえ、僕は時折図書室に利発そうな女子高生の数名が訪れ、ドリアンの姿を見た時に洩らす甘い嘆息に、そして彼女らの熱く粘液質な視線を物ともせずに僕に冷たく微笑しながら本の話をする彼に、けして小さくはない歯痒さと性的な励ましを与えられていたのであるが。 <br />　ドリアンといよいよ親友にも近い、しかし学識的には完全に憧憬を向けるべき友情は、ある驟雨の昼下がり、意外な形でその奥深くへと入り込むことになった。その日も、やはり僕らはＭ市生涯学習情報センターという、この街の中でも最も大きな図書フロアで、いつものように各々の読むべき書物を手に取って、活字を追うのにしばしば疲弊した時の小休止を利用し、和やかな討論に花を咲かせていた。具体的な内容に関していえば、それこそ切が無いが、例えば複雑系思考における、ボルツマン・マシンのモデル図が果たした哲学への役割、スピノザ書簡集の中で見られる、彼のユダヤ的気質とその運命論、カフカの城の主と、ベケットのゴドーの文学的類縁性、プラトンの霊魂不滅の最終定理から、ネオ・プラトニズムの魂の三層構造、そしてニーチェの永劫回帰説に対するドゥルーズの差異概念の適用、大江健三郎の同時代ゲームにおける、文化人類学からのトレースとその日本文学に果たした役割、ヘンリー・ミラーの治療者としての文学スタンスの意味、ボルヘスにおける盲目と神の永遠に関する詩の論議、及びポーやキャロルが彼に与えた隠されし影響、イェイツの円環的歴史観と晩年の詩の再解釈、宮沢賢治の世界文学的な価値と、いわずと知れた未完の童話への想像的補筆、ヨブ記におけるサタンの意味合い、ワグネリズムとドイツ・ファシズムの心理学的な相関関係、ヨハネの黙示録とユダの福音書に関する所見、スウェデンボルグの神秘主義思想と詩人ブレイクに与えた決定的影響、天国と地獄について、死に関するブランショの外の思考、自殺についてのショウペンハウエルの箴言、善悪について、絶対的一者について、主体と客体について、二項対立と中庸について、戦争について、愛について、セックスについて、古代中国のありとある残酷無比な拷問法とバタイユの思想について、ナーガールジュナの大乗仏教的涅槃について……、しかしそのどれにも僕の浅薄な智識の及ぶところではなかった。ドリアンは常に僕の衒学趣味的な見解を、大人びた寛容さを持って柔かく受け入れ、賛同し、或いは訂正し、或いは大いに否定し、或いは画期的な意見だと称揚したのだった。僕は彼が一歳年下であることも忘れて、一人の聖人を相手にするように真摯に考えを主張した。彼は僕にとって、苦行僧じみた、いうなれば若き聖ヒエロニムスともいうべき神聖な空気を放つ、掛け替えのない貴重な存在だったのだ。 <br />――智一郎、君は本当によく本を読み、且つそれを脳内の図書館で巧く整理していると思うよ。エリアス・カネッティの描いたキーンのような、半ば闘争的な書物への貪欲な愛を感じるんだ。そこでだ、僕らはこうして毎日図書室で論議してきたわけだが、そろそろ社会に動き出してみないかい？僕は現在、ある一つの計画を考案中でね、おそらく集団的な組織を結成することになろうが、君にはそのグループでの重要な役割を担って欲しいのだよ。僕らの組織は社会から、きっと注目されるだろう。【Angel】という名で一つの宗教法人として申請段階にあるんだ。豪、Angelさ、天使だよ。僕らはこの日本、否、世界の、全ての精神的な暗闇を曙光に変える巨大な翼になるだろう。まず手始めに慈善活動を、ボランティア団体として行うつもりなんだ。無論、君がこの計画に賛成してくれなければ、僕は今回のことは水泡に帰すつもりなんだが。 <br />僕はドリアンのその言葉に、衝撃を受けたわけではなかった。そもそも、彼の興味の全般は、神秘主義思想に根付いていたし、僕も彼の影響でそういった世界に足を踏み込み始めていたのである。しかし、僕には宗教法人、天使、などという言葉に胡散臭い、更に鋭利にものをいうならば、偽善的でマルチ商法的な新興宗教団体の臭気を嗅ぎ取っていたのである。何時か、彼の口から何らかの立案が齎されることは、曖昧模糊にではあるが予想してもいた。しかし、今ドリアンが口にしたことは、なんと浅薄で頼り無い、幼児的な絵空事だったろうか。僕自身、こうして毎日図書館に入り浸り書物を読む過程で、何か一つのイデオロギーによって青年同士団結し、社会に何らかのアクションを起こしたいという気が髣髴とならないわけではない。その証拠に、僕は一時的に日本共産党に所属して、最早ヒューマニスティックな哲学として位置付けられるべきマルキシズムを政治へそのままトレースしている時期があったことを認める。そのような、若人の団結、というものに多分な高揚を抱き、身を浸したい意志がないわけではない。数ヶ月前、パリで若人のデモが起きたが、僕はあの燃え上がる自動車の群れをテレヴィの映像で見て、なんとも無気力で力ない日本の若者を自覚したものだ。大江健三郎の初期の長篇を紐解いても、やはり安保闘争への熱意は、形式を変えて漂ってい、それらは政治と関わりをなんら持たない僕に一つのコンプレックスを与えてもいた。しかし、ドリアンのいうような組織、それも【Angel】などというオカルティックな名称の付いた組織は、僕が描いていた、時代に即した国家との闘い、というのでなく、寧ろより閉鎖的で鬱屈として、どこか犯罪の香りさえ漂わせているといえなくもないのである。天使、ありとある世界の人々が天使の翼を獲得し、幸福になることができたら、なるほど、【Angel】は最優先してその活動の枠組みを拡大せねばならなだろう。だが、十八歳の青年に、僕と一つしか年齢差のない少年に、一体何ができるというのだろう。オウム真理教事件の、あの高学歴の青年達の行動原理と、一体如何なる相違があるというのであろうか。僕はドリアンに、半ば失望の念を浮上させつつも、しかしあくまで真摯に、この博識な友に融和的な異を唱えようと奮い立った。 <br />――隼人、残念だけれども、俺はそういう団体に加わる気は毛頭ないよ。選挙に出たいというなら、まだ応援もできたろうが、宗教団体の幹部になってくれないか、などと突然いわれても、快く返礼できると思うかい？俺は、君は本当に、今でも素晴らしい親友だと思う。なにせ、八歳でもうシェイクスピアを翻訳してた君だからね。語学面で、君は書物の世界に飛び込む高貴な種族だと思う。でも、そんな如何わしい、天使集団に入団するつもりはないよ。胸から十字を提げればいいじゃないか、洗礼を受けるのもいい、それで少なくとも、世界で最も有名な、宗教に属すことができるんだから。 <br />僕がそういうと、ドリアンは身を乗り出して、深い溜息を洩らした。瞳に、薄らと涙さえ浮かべて。 <br />――智一郎、君は誤解しているね。それとも、僕の表現が扇情的過ぎたか、僕はね、社会に対して、団結して何らかの活動をしたいと、そう願ったんだ。政治とは一切関わりの無い、慈善団体だよ。団体内で僕はパンフレットを配るつもりだが、そこに僕の何らかのイデオロギーが介在すると思うかい？ <br />ドリアンの憤慨を腹の底で抑制する、震えるような涙ぐましい声色に、僕は一瞬たじろいだ。しかし、僕は彼が教団の、その尊師などと仰がれる教祖になることを密かに希求しているような気がして、やはり憤慨を拭い切れずにいたのだった。僕は友情が、このような形で幕を閉じる悪寒に苛まれながらも、しかしいうべきことはいわねばならるまい、と己を鼓舞した。 <br />――隼人、聞いておくれ。俺はね、まず宗教団体という存在が気に喰わないんだ。前に話したかもしれないが、俺の両親は以前、日本アムウェイの会員だったんだ。それで親戚を無理矢理会員にして、ヴィデオを大量に買って、結局全て台無しにしてしまったんだよ。今、母親が親戚に許しを乞うても、誰もが罵声を浴びせるだろう。何らかの団体に所属し、それに没入することで、親戚関係を破茶滅茶てしまったんだ。隼人、今君は何らかの組織の頭目になることで、やはり俺を遠ざけようとしているんだよ。それは友情を破壊する行為に繋がってしまうと思うんだ。アムウェイは宗教団体ではないけれどね。 <br />僕がそう寧ろ情に訴えるようにして語ると、ドリアンはぼんやりと首を傾げ、僕を一笑に付したのだった。その後、絶えず彼の左の下瞼が痙攣している様を、僕はこの時の光景を核にして夢の中で無限に反復させてしまうことになるのだが。 <br />――君は素晴らしい友人だったよ。本当に、巧い具合の話が出来て光栄さ。 <br /><br />　ドリアンとの対話は、その日以来幕を閉じたのだった。無論、僕はその後も図書室を利用し続けたが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。ただ、児童書の方から、語り聞かせ役としてボランティアで絵本を読む女性の前に座る、幾人かの子供らの中に、ドリアンをそのまま小さくしたような、少年とも少女とも捉え難い、端正な顔立ちの子が一人いるのを、僕は書棚の隙間から確かにみたのである。そして、僕は彼、乃至は彼女の姿を眼にして、案外ドリアンの想像していた組織とは、絵本を読む童子たちの童話的な、喜劇的な集団であり、その活動も単純素朴な社会貢献だったかもしれないと、強い己のドリアンに向けた心無い口振りを反省させるところの哀しみを浮上させたのだった。ドリアンとの討論会を失って、僕はすっかり心理的な陥穽の深みへと嵌り込み、抜け出ることをしないままの己を時間的にも持て余すようになった。ドリアン、その名は僕に重く、痛々しく圧し掛かり、小さいながらも無数の不安を僕に与え続けたのである。それまで、僕はドリアンを己の、更新された力強い知的な鏡像とも、目標にすべき未来像とも規定し、いわば精神的に癒合した内的な分身のように把握していたが、これが突然真っ二つに分裂して、他方だけ孤島へ向かう旅に出発してしまったかのような、残されし者の忍耐を伴う苦渋が僕を襲い始めたのである。それは、数知れない烏の群れが大都市の巨大ビルディングの上方で円環を描いて舞い、それを僕と彼が虚ろに眺めている、といった小さな夢の断片となっても顕現された。隣で絶えず意味の判然としない異国語を囁き続けるドリアンの、僕をわずかに横目で見る瞳、その下で青褪める瞼は、やはり強烈に痙攣して瀕死の栗鼠の身の戦慄きを表現しているのでもあった。いよいよ、図書室が孤独と結び付いた監獄のようにも感じられ始めた夕暮れ、僕はそこを抜け出して淀川の河川公園へ向けて歩き始めたのだった。それは、端的に散歩をしつつ、広い野原の風景を視界に飛び込ませることで得られる、内的な慰安力を希求して。石階段の上の、自転車やランナーが絶えず交錯する道で、僕は夕陽や隣の街とこの街の間に架けられた橋、そして芝生や高い初夏の薄、淀川の水面に散りばめられた熱情的な宝石の燦爛を眼にし、それらが如何なる心理的な賦活財にも機能しないほどに、内的な廃墟が増殖していることを思い知った。しかし、高みから河川公園を一望できるこの道の左側に三百ｍの長さに渡って張り巡らされたバリケードの奥に広がる、育成中の小さな、まだ禿げた土を覆い隠せずにいる幼い芝生たちは、僕にどこか逞しい健気さの如き励ましを与えはしたのだ。そして、バリケードに擦り寄るようにして、緩慢な歩行を始めた僕の眼に飛び込んできたもの、それに僕は強靭な生の源ともいうべき、一枚の園児の描いた絵を見出したのだ。ある地点から、バリケードにはプレートのような薄くも柔かいシートに印刷された、石階段を下りた横手にある幼稚園の子供らの数十枚にも及ぶ絵を、整然と飾り立てていたのであった。僕はその、クレヨンや絵の具で無邪気に描き殴ったような絵の、破天荒で哄笑力さえ内在する園児らの芸術に心打たれた。その中でも尚、取り分け僕のペニスを一撃したものこそが、僕が数時間も直立不動を余儀なくされた、その「マンドラゴラ型歩行施設」なのであった。絵の下に姓名を貼付しているわけではなかったが、絵の内部には「りゅう」という名が記されていたので、この幼い画家は男子なのだろう。りゅうという、顔の知らない、けれども確実にこの街のどこかで走り回っているのでもあろう少年の絵は、球体の植物のような住居の内奥に、彼の家族と思しき父、母、妹を取り込んで、巨大なペニスの乱立する大都市を、その球体型住居の壁から伸びる触手を使って自由自在に走り廻っている、まさにその絵図がクレヨンの森をイメェジした色彩によって劇的に炸裂しているものであった。おそらく、一時間前後で急速に描き終えたと見受けられる、その激越な手首のうねりさえ僕に想像せしめた異様な「マンドラゴラ型歩行施設」は、僕の暗く荒んで出口を失った沙漠のような内面に、ナイアガラの滝じみた豊穣な飛沫と玉響に浮かぶ楽園的なオアシスを宿らせたのであった。「マンドラゴラ型歩行施設」、この異常な呼称を、僕は寧ろ正確であると信ずる。それは一つの生きた種子であり、内部に柔かい組織によって家族を内包しつつ、外皮からは怪物の如き無数の触手をブワッと広げて、陰茎を模ったような無数の建造物の間を疾駆する。そして、僕は少年画家りゅうの描いた、その種子の内部で笑い合う彼の家族の人々に代わる存在として、僕の家族を入れてみることをせずに、敢えてドリアンと僕の二つのクレパス絵となった頭部を導入したのであった。その架空の補筆作業ほど、僕の暗く澱んだ識閾下の沈殿物を除去する清掃マシーンの機能を果たした存在が、他にあったであろうか、と僕は厚ぼったい眼差しで「マンドラゴラ型歩行施設」の風を切って狂走する光景を脳内に描くことをする。ドリアンが、りゅう少年の手に拠ってクレパス化された時、その圧倒的な笑顔を僕に向け始めた瞬間にこそ、僕は彼の頭部を抱いて、自らクレパスで己の頭部を急速に描きつつ、種子の内部で彼と頬を擦り寄らせてもみたいのだ。僕はそのように、架空の球体住居の居住者となることで、ドリアンとのやはり架空の和解を果たした気にもなったのである。そして、何よりこの丸い鋼鉄の種子の外皮から生える無数の触手こそが、周囲の屹立したペニスよりも更に性的なレヴェルでヴァギナを悦ばすであろう、硬度を自在に変換できる柔軟性の備えた、すなわち新人類の新しく燃え滾るペニスの力能を象徴してもいるように感じたのだ。マンドラゴラ、という神話的な植物と不可分に結合した精液、という存在が、僕にこれら触手をペニスじみて認識させ得た最大の来歴ともなっているのであるが。 <br />　さて、ここまで書いて、僕はある致命的な欠陥を先述したテクストに持たせていることを自覚した。僕は大阪生まれの大阪育ちで、台詞も元来「関西弁」を常用している。しかし、どうであろう、少なくともドリアンと僕の二人の対話において、そのような訛りが露見してはいないのである。しかし、あくまで僕は架空のフィクショナルな存在として、僕自身を描いていたのではない。ドリアンは虚構の産物であるが、僕が図書室に隠遁して、ドリアンに負けず劣らずの本を漁っていたのは事実である。尤も、僕は語学力に乏しいので全て日本語で書かれた翻訳を含む作品のみに眼を通していたのであるが。「現実に基盤を持ちながら、想像機械の歯車を常に目まぐるしく回転させ、現実そのものを改変せしめよ」と僕は内的に絶叫しながら、図書館の書棚を徘徊する。ドリアンは存在しない、と主張する者らが存在するとして、如何なる証明を書き手である僕に彼らは提示することができよう？僕がたとえ、ドリアンは僕の想像機械が産み出した小説内部の架空の人物だと洩らしても、この一文の次の瞬間には、既にドリアンはこの世界において復活し、生き生きと脈動し脂汗を湧出し始めるのである。 <br />　数週間して、僕は生涯学習情報センターの植物学関連の書棚の前で、ドリアンを発見した。或いは、それはドリアンではなかったのかもしれない。彼の雪のように白かった膚は、逞しい筋骨を覆う強靭な小麦色の外皮へと変化し、身長も僕より十cmは伸びてサッカー選手のような男らしい逞しさを湛え、衣服も以前の控え目で物静かな色彩を放つものとは正反対の、遊戯的で幾分性的なものへと様変わりしていたのであるから。しかし、蒼い瞳や日本人離れした堀の深い目鼻立ち、時折覗かせる愛嬌ある笑窪など、随所に以前のドリアンを彷彿とさせる部品は揃っているのでもある。僕は彼に近接した書棚の前に立ちながら、彼の方から僕に話し掛けるのを待っていた。しかし、何時まで経ってもドリアンは僕に気付かず、ひたすらゼフィルスという森の宝石に形容されもしたらしい蝶の図鑑に眼を落としていた。僕は半年ほど前、この図鑑を借りたことがあったのだが。<br />――なあ、隼人？と、僕は話し掛けたのだった。しかし、僕は関西弁では話さなかった。どちらでも良いのだが、僕はこの場面においては、関西弁の独特な臭気を、敢えて取り払ってみたかった。久しぶりだなあ。君はもう図書館に現れないかと思ったよ。最近どうしてるんだい？<br />僕はそこまでいい終えて、玉響に振り向いたドリアンが、彼そのものだと信じていた僕の意識を破壊させ、全く別の人間に成り変ったことを自覚した。それは、真正面からまざまざと彼を一目したことに拠って、ドリアンという僕のイメェジの内部で構築された鏡像を、木端微塵に粉砕する程の圧倒的な一撃を僕に与えた。この図書館には、少なくともドリアンが三人存在しているのではないか？と、僕は急速に萎縮する心の外殻を更に固く小さくしながら考えた。偽のドリアンは、僕を不審そうな眼差しで見据えると、あからさまな苛立ちを顕にしてその場を去った。僕は彼の後姿を、書物の隙間から覗き込みながら、激しい胸の動悸を全身で感じていた。それは、最早ドリアンとは似ても似つかない、絶対的な他者のプンプンと怒った後姿だった。僕は書棚の前を右往左往しながら、額に掌を当てて考えた。ドリアンは、あの小さい両性具有じみた子供と、今の屈強な小麦色の膚を持つ若いスポーツ漢に分離したのではなかろうか？彼は僕にある団体の結成の話を持ち掛けたが、それは一つの暗号であり、婉曲的に「僕の本質が分離することを君は許してくれるかい？」と相談したかったのではないだろうか？そのような妄想は唾棄すべきものだが、僕と最後に話したあの【Angel】に、彼が図書館から消滅した因子が隠蔽されている可能性を、一体誰が否定できるだろうか、と僕は懊悩しながら掌の内を脂汗でニチャつかせることをした。M市に存在するボランティア団体をリストにしたパンフレットが、一階ロビーの棚に置かれていることを僕は想起し、素早く螺旋階段を駆け下りた。数知れないプリントが色彩豊かな地層を成している、無料のパンフレット棚に於いて、実に四分の一を占めるボランティア活動のパンフレットの一枚に、僕は【Angel】の名称を見出した。活動紹介欄には、丸文字で「大通りで空き缶、ビニールなどのゴミを拾ったり、祭りや各種市主催イベントの後の清掃を行っています！人員不足なので、どんどん電話してきて下さい！」と記載されてい、連絡先は副代表手塚真紀となっていた。僕はその薄い再生紙利用のパンフレットを二枚鞄に入れると、生涯学習情報センターを後にした。<br /><br />　その日の夜、僕と弟と父は、母と妹が作ったタコ焼を驚異的に胃に収めることをした。胃の内部で絶えず襞を圧迫する噛み砕かれたタコどもの触手に、僕は「マンドラゴラ型歩行施設」から切断された弱々しく涙ぐましい触手の一本を重ねた。やがて徐に父が一階の書斎へと消え、妹や弟も銘々三階の自室へと去り、二階のリビングルームは、何時までもタコ焼を喰い続ける僕と、それを呆気に取られて笑いのめす母の二人のみとなった。電源ボタンが壊れてガムテープで補強されてもいるテレヴィの画面では芸能人の葬儀を映しており、僕は大振りのタコそのものを思わず吐き出しながら、その元歌手の黄金時代のベスト曲名を無意味に訊き出したりしていた。やがて僕と母は夏特有の、怪談に纏わる小話を浮上させた。以前から、母は霊の存在を信じていたが、僕は彼女のその現代版アニミズムがテレヴィの心霊番組からの幼稚なスライド方式によって感化された産物であると見破り、これを嫌っていた。<br />――お母さん死んだらな、お墓の中なんか這入りたくないわぁ、と母は熱い茶を啜りながら満足げな面持ちで囁く。僕が生まれたその日から耳にしていた関西弁を使用すべきは、まさにこの瞬間である。死んだら野原に埋めて欲しいわぁ。骨の一部は海に捨てて欲しいなぁ。<br />――なんでぇな？先祖代々の墓に入りたくないん？と、僕は思わずいい返したが、母は以前から、人間は裸で自然から生まれ、裸で自然に還っていくという思想を持っている人間だった。<br />――時々なぁ、めっちゃ原始時代に戻りたくなるんよぉ。はよ死んでまうから怖いねんけどなぁ。お母さん、たぶん前世は一本の樹やったと思うわぁ。なんか樹見てたら安心すんねん。<br />――あぁ、あるかもしれへんなぁ。昔一個の虎やったとかいう話、ボルヘスでもあった気するわぁ、と僕は微笑しながら相槌を打った。<br />――誰よソレ？<br />――作家やん。<br />　さて、その夜の母との短い話は、普段の日常会話には珍しい、母のこれまで歩んできた人生の総体において構築した独自の信仰ともいうべきものを、僕に強く感じさせ、励ました。端的に時折感じることだが、父にもやはり自然、宇宙に根ざした、共同体モデルとしての一つの私家製イデオロギーが裡にあったことを、僕は想起した。父の場合、彼が高校時代から収集しているSF小説からの影響が色濃かったが、二人とも社会生活とは乖離した領域に、一つの風景画を一枚所蔵してもいるらしい。父も母も高校時代には同じ地学部に所属していたので、今でも天体や野花に多分な恋慕を寄せていたが、おそらく二人の風景を単純に加法定理に通せば、「宇宙樹」にでもなるのであろうか、と僕はその夜、ドリアンのことなど一切忘却の淵に追い遣って、和やかに考えたのであった。仮に、宇宙空間に浮遊する巨大な大樹＝「宇宙樹」の中に、人は死ねば魂が戻り、再び別の人間へ更新された魂が憑依するのであれば、「宇宙樹」とは魂の母胎であろう。それはプラトンの霊魂不滅の最終定理において、ケベスが反駁した見解を否定するイメェジ・モデルである。僕は以前、ノォトに永劫回帰のモデル図として、観覧車の絵を描いたことがあるが、このような稚拙な落書きよりも、幾分「宇宙樹」は神に近接した存在である気がしないでもない。しかし、僕がドリアンの二つに分裂した各々の容貌に意識の矢を向けることなく考えることをしたいのは、寧ろニーチェの永劫回帰について、それをドゥルーズが「新しい発明」である点に瞠目したことなのだ。同じことの繰り返しとしての永劫回帰ではなく、小さなアレンジメントによって、観覧車は一回転するごとにその外観を微妙に変容させていく、これが僕が今思い描く永劫回帰のイメェジ図なのだった。「ジャメヴュはデジャヴュと交換可能である」ならば、なるほど、ボルヘスが描く輪廻転生を主題化した数多くの短編には整合性があろう。かつては盗賊であった警察官が、前世において仲間だった、捕獲すべき敵の側で警察官たちに銃を向ける、この行為に、果たしてアレンジメントは生起していたのであろうか？仮に盗賊の魂が「宇宙樹」へ戻り、そこである光景の記憶を残存させたまま、警察官になる者へと転生し、その前世の記憶を回想せしめることに拠って前世における盗賊仲間であり、やはりこの世でも盗賊である者に味方したのであれば、既にここには、前世の前世、即ち三代前の人間からは予想出来ないアレンジメントが発生している可能性がある。だとすれば、ボルヘスはニーチェが「新しい永劫回帰説」の発明者であることに、気付いていたとしか考えられない。実際に僕は『永遠の歴史』であったか、『論議』であったか、府立図書館で借りた彼の主著から、ニーチェに関する解釈を読んだが、そこにはボルヘスのニーチェ観があくまで詩人の運命の悲哀として位置付けられていたのであって、発明に纏わる記述は無かったと記憶する。僕の現在の考えでは、輪廻転生は確実に存在する。だが、前世と全く同じ運命を辿る人間はおそらく、誰一人存在しない。何故なら、小さな差異が、アレンジメントが魂に付加するからである。そして、その魂から過去の記憶を濾過する媒体とは、すなわち「宇宙樹」のような存在であって、この得体の識れない樹木の内部に、僕がイメェジとして描いたあの、一回転する都度外観を変化させる観覧車なり、回転木馬が埋まり込んでいるのであろう。このように思考すると、ニーチェ、ボルヘス、ドゥルーズという、異なりながらも近接した概念を構築した三者が見事に結合を果たすのである。しかし、そのように図示したからといって、僕の人生の何が変化するというのだろうか？僕は、丁度昨日、ある会社から面接試験の結果を知らせる、限りなく薄い手紙を貰ったばかりである。そこには端的にこう記載されていたが。《鈴村智一郎様　拝啓　初夏ノ候、マスマスゴ清栄ノコトトオ喜ビ申シ上ゲマス。先日ハ弊社クリーンスタッフノ面接ニオ越シイタダキ有難ウゴザイマシタ。サテ、貴殿ノゴ希望ニ関シ選考サセテイタダイタ結果、誠ニ残念デハゴザイマスガ、今回ハ採用ヲ見送ラセテイタダクコトニナリマシタノデ通知申シ上ゲマス。今後一層ノゴ健勝、ゴ活躍ヲオ祈リ申シ上ゲマス。　敬具》僕はこの眠る前の夢想に於いて、あの巨人三名を凌駕するほどの概念を創造したであろうか？スナワチ、ゴ健勝、ゴ活躍シタノデアロウカ？<br /><br />２<br /></span></font><br /> ]]>
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<dc:subject>小説置場</dc:subject>
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<dc:creator>鈴村智一郎</dc:creator>
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<title>屋根裏の学堂</title>
<description> 　僕はこれから、東京で三日間を共に過ごした君に、一つの長い手紙を綴る決意をしたのだ。君よ、僕は8月の末には二十歳になり、いよいよ苦悩の青年期へ差し掛かることだろう。僕は今、自分のpc画面に、小さな椅子の上で膝を立てながら、脅えるようにしてこれを書くことをしている。作家志望者である君よ、やはり君も電子空間の何処かに、名前を変えて作品を投稿しているのかい？僕は筆名を以前と同じにしているから、若しかすると
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<![CDATA[ <span style=font-size:large>　僕はこれから、東京で三日間を共に過ごした君に、一つの長い手紙を綴る決意をしたのだ。君よ、僕は8月の末には二十歳になり、いよいよ苦悩の青年期へ差し掛かることだろう。僕は今、自分のpc画面に、小さな椅子の上で膝を立てながら、脅えるようにしてこれを書くことをしている。作家志望者である君よ、やはり君も電子空間の何処かに、名前を変えて作品を投稿しているのかい？僕は筆名を以前と同じにしているから、若しかすると君は、僕と君が電話で決別したあの日以後、僕の作品を電子空間の何処かで発見したのかもしれない。だが僕と限りなく血縁を持った君よ、僕は君の作品である『一陣の夏の風に』を、今まさにあの投稿サイトの画面から開くことをしているのだ。僕にとって、君の最後の作品となったこの作品の批評を、僕は君と僕二人の為の掲示板で展開した。<br /><br />「薄っすらと苔の生えた小石を蹴ると、それはカランコロンと数メートル転がって景色に溶けた。」<br /><br />　そう、冒頭はこの一文だった。僕にとって、この作品は夢幻的だったが、君はそれを半ば否定するように、構造の三層を指摘した僕には悦びを得たようだった。君よ、僕は今でも君に憎まれていることを識っていて、尚も書くことしているのは、君のことが忘れられないからなのだ。君は夢野久作の全集を、僕との「本屋の国」の散歩に於いて、購入したが、やはり君よ、この作品にも、その影響が顕れているのかい？しかし君よ、僕は君が語彙を深める為に努力をし、それを自作に於いて実践したことをも承知しているのだ。例えば、君よ、次の一文に、君はきっと赤面するのだろうが、僕は敢えて君のテクストを、君が僕になら引用することを認可してくれるだろうと信じ、抽出するのだ。<br /><br />「一定数を超えた集団というのは、しばしば各々の意思とは聯関ないベクトルに進むことがある。キャパシティを超えた意志は、それ自体で加速し、止まらなくなるのだろう。この紋白蝶の固まりは、丁度そんな風であった。」<br /><br />　君よ、僕は今思わず微笑が溢れ出したのだ。この表現は、エンジニアを父に持ち、幼少期からｐｃが傍にあった君らしい表現だろう。君よ、僕は君と皇居前広場を歩き、否、その前に日比谷公園のベンチで朝早く座り合っていた風景を想起する。あの時も、君は僕に智的な印象を与え続け、半ば僕に気だるい眩暈さえ呼び醒ましたのだ。僕は終始緊張していたが、君よ、僕は不安だったのだ。本当に現実でも君を愛せるのか、そういった最も核に存在する感情が、なんとも曖昧な蜃気楼に包まれていたのだ。ところで君よ、僕は以前、『かつては過ぎ去りし墓の上に』という作品を、書いた。憶えているかい？精神病院で、隣同士の病室になった少年少女が恋をし、退院した少女の自殺を知った少年が、ニーチェの詩に励ましを得ながら、工場の面接を受けるところで、幕を閉じた、そう、あの短過ぎる、そして端的に衒学的過ぎた短編だ。そして君よ、君は僕のあの作品に「呼応」する作品として、『落夏』を書いたのだ。僕らが電話でこの蜃気楼に包まれた恋愛劇に終止符を打とうとした時も、君よ、僕は君の口から「《白い蝙蝠》は私だったのよ」という手痛い台詞を浴びせられもした。尤も、僕はその意味を理解するのに、脳内の神経回路の数量が不足していて、「どういう意味？」という、なんとも滑稽な返答をしたのであるが。<br />　君よ、僕はあれからも、絶えず読み、且つ、書く行為をしているのだ。しかし、孤独に引き篭もって、一日中そのような生活をしていると、君よ、僕は発狂しそうになる己を感じるのだ。ルドンの絵に、『陰鬱な風景の中の狂人』という表題の絵(確か、この名だった筈だ)があるが、君よ、あれこそ僕の肖像画なのだ。あの老人は一本足だが、君よ、僕には今果たして脚が存在するのであろうか？如何なるものが、僕を歩かしめ、地を踏み鳴らしめているのであろうか？しかし、おお君よ、僕は君の愛情を受けたことを回想することで、哀しみを取り除こうともしているのだ。君よ、君はあのモナ・リザの笑う娯楽映画を僕と観賞していた間も、マーブルチョコトレートを僕に数個手渡してくれたのだ。僕は多少糖分過渡になっているのを意識していたので、4個目ほどから拒んだが、君よ、あれは君の女の子らしい「丸く柔かい魂」ではなかったか。僕は、君と心理的に別離した後も、やはり日記の内部で君には謝罪していたのだ。君は「8割は、さと君が悪い」といったが、おお君よ、その言葉の意味、即ち、円グラフに占める僕の君に対して行った罪悪について、憤慨したいところの燃える意志を僕は持つのだ。僕らは、君の母上がおっしゃったように、やはり急速に言葉を通して愛を爆発させ、その後やはり言葉を通して愛を破滅させることを密かに願っていたのではなかろうか？あの晩餐会に於いて、僕は君の母上が、確かに難色を示している表情を見て取り、小さな哀しみを浮上させたのだが。しかし君よ、大阪に住む僕と、東京で暮らす君が、小説を通して出会い、遂には現実でコンタクトを取った、そのことは、現代的であり、けして羞恥をこびりつかせるところの、虚しく幻影的な時間ではなかったのだ。僕らが電子的な擬似恋愛のまま、交信を終えていたならば、なるほど、それはヴァーチャルであろう。しかし、少なくとも、君よ、僕は君に刹那に触れてしまった、あの君の白く柔かい太股の温もりを憶えているのだ。その君の体温に、僕は強い性的な力を与えられつつ、今でも君と文学的共同体を築き、肩を組み合っているようにさえ感じるのだ。<br />　さて、君よ、僕は現在、コギーの『同時代ゲーム』を解読しているのだ。今でも哄笑してしまう小話だが、僕があの時、ジャンケンでチョキかグーを出さなければ、現在僕の本棚には文庫版の方があったはずなのだが。君よ、僕は『同時代ゲーム』を、徒歩2分の距離にある市立図書館で、現在も借りて解読を進めている。そして君よ、今さら言うまでも無いであろうが、コギーとは、長江古義人、即ちあの巨人作家の作中での名前なのだ。君よ、僕は<strong>壊す人</strong>の落書きを、『ピンチランナー調書』に挟み込んだ数知れない紙片の一枚に書き込んでいる。そして、君よ、もう読んだかね？僕が途中まで読む中で、最も強い励ましを与えられた人物とは、他でもない、「シリメ」なのだ。あの路上の馬鹿、尻を丸出しにして蠅の大群を群がらした気狂いにこそ、僕らは魂の救済を感じはしないかね？さて君よ、僕は最近、部屋で鬱屈して読書するのに絶えられず、淀川河川公園の一角にある小さなベンチで、野犬三匹と共に読書をする、というスタイルを見出し始めたのだ。これを、僕は「青空教室」と命名し、まさに初夏の、蒼穹の下で、野原の息吹を感じつつ、『同時代ゲーム』を解体する。文化人類学から、そのままトレースしたに過ぎない、と柄谷行人氏などからは批判されもしていたこの作品、しかし、どうだろう、これ程面白い文学が存在し、その作家が現在も逞しく日本に生きているということは、我々次の世代を担う作家志望者に、力強い希望を与えはしないかね？もう一冊、僕はやはり「青空教室」の中で、鼻息の荒い黒、白、その混色の三匹の野犬たちと読んだ書物、それはエリアス・カネッティの『眩暈』なのだ。君よ、僕はこれをやはり図書館で借りたが、時折他者のメモさえ発見できる公共物の方が、期限が定まっているだけに、集中講義じみて読解できるのだ。一つ、考えてみて欲しいのだ、何故なら、君は図書室を「閉鎖的」の名の下に、巧く利用できていないようだから。僕は当初、図書館の利用方法について、真剣に懊悩した時期を持った。その模索を経て、ようやく僕は「読書感想ノォト」なるものを作成すべきである、という逞しい結論に達したのだ。君よ、今からそのやり方を、あくまで鈴村智一郎、という一人の作家志望者を通して、説明してみせようではないか。<br /><br />――いいかい？まず、ノォトを用意したまえ。そして、図書室から、書物を借りるのだ。しかし、書物といっても、己の魂と何らかの呼応を示した書物でなければならない。君の場合は、幻想文学の書棚に、多くの宝物が眠っているのであろう。ここでまず注意して欲しいのだが、愚にも付かない俗物娯楽小説などに、手を出してはならない。それらは感性を麻痺せしめ、我々の書く行為に泥を塗る。君よ、我々は書物に接するに於いては、王族でなければならない。次に、借りた本を、例えば、トマス・アクィナスの『神学大全』であったとしよう。今、僕がそれを借りたことを想定したいのだ。この一冊を、取り敢えずは部屋の机に置く。現在、真っ白のノォトと、トマスの主著がある。しかし、この本は、どうしてこれ程分厚いのであろう！諸篇も含めると、更に分厚くなるというが、限られた期限で読むのは、しかし険しい谷間を越えるようではないか。だが君よ、安心したまえ。自分の興味のある篇から読むことをすればいいのだ。例えば、僕は「神の永遠について」の篇に興味を持った。この時、赤ペンや、色鉛筆を用意し、解り易く整理しながら、ノォトにメモする行為を続ける。引用があれば、引用元の人物なども枠外にメモし、とりわけ重要ではなさそうだが、己の意識に雷撃を放ったものには、色鉛筆で下線を引き足し、囲むことをする。そして、君よ、これは僕もよくすることだが、図形的に論理を整理すると、半ば読み飛ばしできるセンテンスと、そうではない重要なセンテンスの取捨選択が出来るようになってくるだろう。例えば、実際に僕はこの本を借りてノォトしたので、今それを膝の上に載せながら、ボードを打っているのだが、少なくとも「持続の形式」には、三種類あると、トマスはいっているのだ。神の場合、それは「永遠」だが、天使の場合は「永劫」であり、我々になると、物質も含めて「時間」となる。君よ、単純なモデル図になるかもしれないが、このような事柄でも、一度でも絵にしておくと、後から読み返した時、それは自在に応用可能な計り知れない智識となるだろう。トマスの術語は小説のテクストに有機的に吸収できるように、やはり原語でもメモしておくべきだろう。例えば、トマスによれば、「天使は神に従うか、背くか、自由に決めることができる」というが、これは「選択の転換性transmu tabilitas secundum electionem」という専門語によって包括して記憶すべきだろう。僕のような、大學という知的スペェスを拒んだ人間は、少なくとも読書する行為を勉学として位置づけ、独学者となり、脳内にボルヘスを凌駕するほどの図書館を構築せねばならない。さて、このようにして、トマスからメモすべきことを終えたノォトを、今ひとたび眺めると、これは『神学大全』とは異質な、しかしそのノォトの頁の内部では確かにトマスの欠片が息衝いている生きた平面と化していることに気付くのだ。僕の手書きであるという事実が、トマスと僕の境界に、ある一つの美しい鉄塔を聳え立たせているようだ。こうして、トマスについて一定の智識を得ると、次にはまたトマスから派生してノォトする人材を探す旅へ向かおう。君よ、あくまでトマスとは、僕が例示した人物の一人なのだ。そして君よ、気付き始めたかね？やがて、このノォト自体から、トマスや、ボルヘスや、スウェデンボルグ…といった名前が消え始めることを。それは、作者が消尽され、僕一人の生きた智慧となった瞬間なのだ。その時に、最早僕は、「トマスから引用すれば～」などという前置きを付ける必要があろうか？<br /><br />　さて、君よ、僕はこのようにして、繰り返しノォトを増やしてきたのだった。それは、僕にとっての学業であり、けして辛いものではないのだ。何故なら、教授を選ぶのは、全て我々なのだから。だが君よ、気をつけたまえ。象牙の塔を築き過ぎて、自論を喪ってはならない。塔を破壊する瞬間、君よ、我々はある一つの作品を結晶化させるのではないかね？本来、学問は大勢で行うものだというが、君よ、我々はおそらく孤独者に位置するのであろう。だからこそ、象牙の塔に汚染され、暗闇に落ち込んではならないのだ。しかし君よ、僕は君と離れているが、架空の巨大図書館では、二人で司書をしているのではなかったかね？我々は書物に逃避している、などと愚かな人間たちから笑いのめされようが、なに、気にすることはない。彼らも結局、一冊の本を書き始めるのだ。それは書物の形態をしていないかもしれないが、おお君よ、人間一人一人に、一冊の本が内在している、という言葉を識っているかね？これは最早、僕の血肉になっている言葉だが、原型はコギーも青年期によく読み耽ったミラーという放蕩作家にあるのだ。そして、おそらくこの言葉を、僕はノォトしなかったのだ。<br />　君よ、僕は無駄なことを話したかね？そうだわ！と君なら返答するかもしれないが、おお君よ、僕は君が学校に通い始める日を希求している。君よ、僕はやはり、君が高校を卒業すべきだと、強く思うのだ。それは、おそらく君の未来を想う、愛情故なのだが。おお君よ、僕は何度学校を欠席したことだろう。あの地獄のようなカトリック系男子校は、僕をちっぽけな劣等生として位置づけ続けたのだ。時折、校門をくぐり、裏庭に佇む聖母マリア像を眺める日のみが、僕の唯一の魂の救済だったと、僕はいってみたい。君よ、しかし卒業とは、良い言葉ではないかね？君は既に文学的には多くの智識を備えているが、しかし君は16歳の女子高生として、不登校のまま退学してはならない。君は、僕の言葉のみに、一度耳を傾けてくれたまえ。いいかい、君は、卒業するのだ。学校生活は確かに辛いこともあり、傷つけられることもあるが、君には読み、且つ、書く行為を至福とする天賦の才があるではないか。否、書く行為は寧ろ、辛い旅路のようなものよ！と君は涙ぐましく囁くかもしれないが、無論、その主張には賛同するところのものを感じる。僕は卒業以後、絶えず毎日1万文字以上は書いてきたと自負するが、その時、僕は愉悦よりも、寧ろ苦痛を核にして書く行為に疾っていたのだ。おお君よ、書くことは苦しい、しかし、我々は書かねばならない、なぜなら、それが我々の生き方であるのだから。君よ、僕を許してくれるかね？僕は君に、確かに酷いことをいったが、しかし君もやはり僕にそのように接しざるを得ないところの不安に満ちた態度を取っていたのだ。<br /><br />――どうせすぐ君のことなど忘れるさ。<br /><br />　僕は今、この言葉を乗り越えて、書くことをしているのだ。君よ、ここまで読んでくれて、君は何を感じたかね？ホワイト・アスパラガスの森を彷徨う物語は、君の手によって幕を閉じたのかね？君よ、僕が電子空間に夥しい作品群を投稿し続けていることを、どう思うかね？しかし、我々はやはり、どこかで惹かれ合っていたのだ。僕は君に接吻したかったが、君はそれを婉曲して退けたのだった。しかしね、僕が君の書棚にもあるであろう『同時代ゲーム』を読み終えた日、僕は君と接吻するような気さえするのだ。君よ、我々の記憶は滅びない。神が不滅であるように、永遠であるように、僕の生まれ変わりと、君の生まれ変わりも、やはり未来のある特定の時間軸において、急速に芸術的な親近感を寄せ合い、そして哀しきかな、別離するのだ。おそらく、過去に、僕と君は一度出会っているのだろう。もしかすると、君のほうから、僕に接吻を申し込んだのかもしれないが。そのような愉快な空想は、しかし僕の信ずる永劫回帰に繋がってもいるのだ。おお君よ、僕が君に励ましを贈るつもりで綴った、この書簡体小説を、君はどこかで見ることがあるだろうか？あるとしても、それは電子空間なのだろう。だが、言葉は書物と同じく、電子空間でも呼吸しているのだ。君よ、僕はまだ君に手紙を書いていたいが、君から貰った手紙は、君のいったとおり、ベランダで燃やしたのだ。それは黒い歪なハート型の火傷を、ベランダの床に刻み付けた。君よ、我々の心臓は、おそらく漆黒であり、そして他の誰よりも歪なハート型をしているのではないかね。さて、僕は今、先刻図書館で借りてきたコローの画集の、ある一枚の絵を眺めているのだ。それは、おお君よ、僕と君が襲われ易い、あの怖ろしい力を持ったものを描いた絵画なのだ。表題は『突風』という。君よ、この荒涼とした大地に吹き荒ぶ、強く厳しい突風に、我々は裸体で立ち向かうべきだろう。このコローには異質でもあるという、暗く、不吉な絵画にこそ、僕と君は、生への熱い希望を呼び醒ます。最後に、僕はコローの言葉を、君に贈ろう。それは、僕自身の内的な咆哮でもある言葉として。「私は好きなように自分の絵を描く。私のやり方を誰にも押し付けはしない。もし私が、間違ったとしても、自分以外のものは何も巻き添えにしない。他の者は自分の好きな道を自由に行くがいい」<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　L・Yへ　<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2006年　大阪<br /></span> ]]>
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<dc:subject>小説置場</dc:subject>
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<dc:creator>鈴村智一郎</dc:creator>
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<title>詩　「　De　Anima　」</title>
<description> 天使タチノ無数ノ輪ガ浮カブ閨ノ息吹ニ染マリシ驟雨ヲ窓越シニ駆ケ抜ケタ金色ノ輪ハ二重螺旋火球ヲ明滅サセツツ回転サセツツ問ウ魂ノ構造ノ答エカ屹立スル螺旋階段ヲ成ス一本ノ塔デナク上昇ト下降ノ位階デナク遺伝子ガ鍵カ螺旋階段ノ背面ニ裏ノ螺旋階段ガ全体デ一ナルモノ二重螺旋ヨ人類ハ螺旋状ニ廻ッテイク誰一人同ジ肖像ハナク全テノ人間ガタダ一者デアルカ無限ニ連ナル構造ヨドノ階梯ヲ歩イテイタカ上昇カ停止深奥ニ何ガ神ノ永
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<![CDATA[ <span style=font-size:x-large><br /><br />天使タチノ無数ノ輪ガ浮カブ<br />閨ノ息吹ニ染マリシ驟雨ヲ<br />窓越シニ駆ケ抜ケタ<br /><br />金色ノ輪ハ二重螺旋<br />火球ヲ明滅サセツツ<br />回転サセツツ<br /><br />問ウ<br />魂ノ構造ノ答エカ<br />屹立スル螺旋階段ヲ成ス一本ノ塔デナク<br />上昇ト下降ノ位階デナク<br />遺伝子ガ鍵カ<br /><br />螺旋階段ノ背面ニ<br />裏ノ螺旋階段ガ<br />全体デ一ナルモノ<br /><br />二重螺旋ヨ<br />人類ハ螺旋状ニ廻ッテイク<br />誰一人同ジ肖像ハナク<br />全テノ人間ガタダ一者デアルカ<br /><br />無限ニ連ナル構造ヨ<br />ドノ階梯ヲ歩イテイタカ<br />上昇カ<br />停止<br /><br />深奥ニ何ガ<br />神ノ永遠ニ触レラレルカ<br />魂ハ呼ビ寄セラレルカ<br /><br />探セ<br />求メヨ<br />天使達ハ囁ク<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />一ツノ夢ガ途切レル<br /><br /><br /><br /><br /></span> ]]>
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